小松法律事務所

墳墓と祭具(仏壇位牌)の承継者を分けて指定した家裁審判紹介


○被相続人との生活関係の緊密の程度、被相続人を扶養してきた負担の割合、被相続人の合理的意思の推認、被相続人の墳墓に対する申立人の合葬の希望と相手方らの意向、当事者双方の対立関係の激しさなど一切の事情を総合考慮するならば、墳墓については相手方(三男)を、祭具(仏壇、位牌)については申立人(長男)をそれぞれの承継者と指定するのが相当であるとした平成13年6月14日奈良家裁審判(家月53巻12号82頁)を紹介します。

○事案概要は、以下の通りで、相続人間の対立は相当厳しいものです。
・被相続人甲(母)は、平成11年に死亡し、相続人は、長男Xと三男Y1、長女Y2である(二男は既に死亡)
・父は早く(昭和19年)に亡くなり、甲は、昭和40年から三男Y1と同居し、一時Xに引き取られるも嫁姑の関係が悪く3か月でY1の許に戻る。
・以降、甲の引取り扶養をめぐりXとY1との間で紛争が絶えない。本件墳墓は昭和46年ころに購入。
・墓石等購入費用は、甲のほかX、Y1で一部分担、墓地の管理費用は、Xのほか甲やY1も分担
・本件祭具(仏壇)は、昭和50年ころ被相続人が購入。Y1は、平成8年ころから、Xに対し甲の引取りを何度か求めたが、いずれも拒否
・Xは、平成10年秋、ようやく甲の引取り扶養に合意し、同年10月から約2か月間甲を引き取ったが、その後、甲は入院がちとなり、平成11年10月10日死亡、甲の葬儀を主宰したのはX。
・Xは、甲の希望や葬儀の主宰者であったとして、甲の祭祀財産の承継者をXに指定するように求めて本件を申し立てた
・その際、本件墳墓は「一族のもの」として、Xも含め希望者を合葬する意向
・これに対し、相手方Yらは、長らく同居して甲を扶養してきたY1を祭祀財産の承継者に指定するように求めた。その際、本件墳墓は、「父母の墓」とし、Yらが自由に参拝できるようにしたいが、Xが合葬された墳墓を参拝することはできないとの意向を示す。


○平成13年6月14日奈良家裁審判は、当事者の対立の厳しさから、被相続人の祭祀財産承継者は相手方Y1と指定するのが相当とし、被相続人の仏壇(位牌を含む。)については、現在申立人がこれを管理しているところ、申立人と相手方Y1の対立状況からみて、仮に、この承継者を同相手方とすると、その引渡をめぐって新たな紛争が生じることがほとんど必至であると考えられること、仏壇の購入代金を被相続人と申立人のいずれが負担したかについて争いがあるが、少なくても相手方Y1がこれを負担した事実はないこと等の事情が認められるので、仏壇(位牌を含む。)の承継者については申立人と指定するのが相当としました。

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主   文
1 被相続人A所有の祭具の承継者を申立人Xと定める。
2 被相続人A所有の墳墓の承継者を相手方Y1と定める。

事実及び理由
第1 申立の要旨
1 当事者

 被相続人は平成11年10月10日に死亡した。申立人Xは被相続人の長男、相手方Y1はその三男、同Y2はその長女である。なお、当事者らの父Bは昭和19年に死亡した(同年12月12日除籍)。また、被相続人の二男Cは平成9年7月10日に死亡している。

2 当事者の主張
(1) 申立人
〈1〉 被相続人は「死ぬときは長男のところで」と言っていたし、被相続人の葬儀から納骨まで主宰したのは申立人であるから、申立人を被相続人の祭祀財産承継者に指定することを求める。
〈2〉 被相続人の墳墓は「一族のもの」とし、申立人も含めて希望者を合葬する。

(2) 相手方ら
〈1〉 相手方Y1が被相続人と長らく同居してその扶養をしていたので、相手方Y1を被相続人の祭祀財産承継者に指定することを求める。
〈2〉 被相続人の墳墓は「父母の墓」とし、被相続人及び亡父だけを祀り、相手方らが自由に参拝できるものとする。申立人が合葬された墳墓を参拝することはできないから、申立人を祭祀財産承継者に指定することに反対する。

第2 判断
1 被相続人の祭祀財産として、墳墓及び仏壇がある。後記3(4)(5)のとおり、これらの購入代金を申立人や相手方Y1が一部負担した事実があるが、これらが被相続人の所有であることは、当事者間に争いがない。

2 被相続人は、祭祀財産承継者指定について、格別の意思を表示していない。また、被相続人及び当事者は、後記3(1)(2)のとおり、戦前から大阪市に居住し、戦後、それぞれ給与生活者として生計を立てていた者であるから、祭祀財産承継者指定に関して、地域的あるいは職業に基づく慣習は存在しない。そこで、誰を祭祀財産承継者に指定すべきかについて、以下検討する。

3 本件記録によれば、次の事実が認められる。
(1) 被相続人、亡父及び当事者ら被相続人一家は、昭和15年頃から大阪市旭区に居住していたが、亡父は、昭和19年に死亡し、故郷である岡山県の墓地に埋葬された。

(2) 被相続人は、戦後、税務署に就職し、一家を支えていた。申立人は、昭和28年に高校教師になり、昭和34年に教師仲間であった妻Dと婚姻し、被相続人や相手方らと同居していた。昭和35年に相手方Y2が保険会社に勤務し、昭和36年には相手方Y1も中学教師になった。その後、昭和38年に申立人が吹田市に引っ越し、昭和40年には相手方Y2が婚姻し、以後、被相続人は相手方Y1と同居するようになった。

(3) 被相続人は、昭和43年に税務署を退職した後も相手方Y1と同居していたが、昭和45年2月に相手方Y1が妻Eと婚姻した際、Eが被相続人との同居を拒んだため、婚姻を機に、被相続人は申立人に引き取られることになった。ところが、被相続人は、申立人の妻Dとの嫁姑関係がうまくいかなかったためか、わずか3か月程で、再び相手方Y1の元に戻ってきた。このことがあって以来、申立人と同相手方の間に、被相続人の扶養をめぐって紛争が延々と続くこととなった。

(4) 昭和46年9月ころ、本件墳墓が購入された。これは、被相続人や当事者らが関西に在住していたことから、それまで岡山県に祀っていた亡父を分骨することになり、同年9月15日、相手方Y1が見つけてきたa霊園(大阪府北河内郡〈以下省略〉)について、被相続人が霊園所有者である宗教法人bとの間で、永代墓地使用権譲渡契約を締結したことによるものである。なお、この契約代金2万円は相手方Y1が負担し、墓石や墓碑銘の費用(約13万円)は、申立人、相手方Y1、亡Cが各3万円、残りを被相続人が負担した。また、その後の墓地の管理費用は主として申立人が負担してきたが、被相続人や相手方Y1も負担してきた。

(5) 昭和50年頃、被相続人は仏壇を購入した。その代金12万円を被相続人が負担したか申立人が負担したかは定かでないが、相手方Y1が負担したことはない。

(6) 昭和55年に、相手方Y1の離婚問題に関連し、同相手方と申立人との間で被相続人の扶養問題が話し合われたが、その際、申立人は、昭和45年に被相続人が相手方Y1の元に帰った際、被相続人の面倒は以後同相手方が責任を持つことを約していたと主張して、被相続人の扶養を拒否した。そのため、同相手方がそれまでどおり、被相続人の扶養を続けた。

(7) 昭和57年に相手方Y1が教師を退職し、塾経営を始めた。昭和60年には申立人も教師を定年退職した。昭和61年、申立人は、親族間で派手な交際を控えようという趣旨で、相手方らに対し、「今後は甥や姪の祝い事はしない。結婚式にも出ない。」と話したところ、相手方らは、これを申立人からの絶縁話と受け取り、以後、双方の関係は一層冷え込んだ。

(8) 相手方Y1は、平成5年頃に亡Cが癌に罹患したことをきっかけに、自分の余生を充実したものにしたいと考えるようになり、塾経営をやめる準備を始めるとともに、被相続人の扶養を同相手方だけに任せ、退職後は自由に旅行等をして過ごす申立人のことを羨ましく思うようになり、平成8年以後、何度か申立人に対し、被相続人の引き取りを求めたが、その都度申立人から拒否された。

(9) 平成10年秋、相手方Y1が申立人に被相続人の引き取りを求めたところ、ようやく申立人も同意し、同年10月から被相続人を引き取ることになった。その後、相手方Y1は、被相続人を訪ねると被相続人の気持ちが揺らいで、同相手方のところに戻ってくる気になっては困ると考え、被相続人を申立人宅に訪ねることはなかった。

(10) 被相続人は、申立人宅に引き取られて、約2ヶ月申立人と同居していたが、その後入院したりして、平成11年10月10日に死亡した。被相続人の葬儀は、申立人が主宰して簡略に行われた。

4 以上の事実を前提に、祭祀財産承継者を誰に指定するかを検討する。
(1) 被相続人は、退職後約30年余のうち、最後の1年間を除き、相手方Y1と同居生活を送っていることが明らかであるから、被相続人との生活関係は相手方Y1の方が申立人より深く緊密であったと考えることができる。
 被相続人が、最後に申立人の元で死亡していることや、申立人が長男であることから、被相続人が申立人との同居を望んでいたことは想像に難くないが、他方、約30年間の同居中、被相続人から申立人との同居を申し出た形跡がないことからすると(仮に、そのような申し出があると相手方Y1がこれを拒否するはずがないから、その時点で申立人の元に移っているはずである。)、申立人は相手方Y1との同居生活をより望んでいたのではないかと考えられる。

(2) また、被相続人の扶養に関しても、申立人は最後の1年間は引き取ったものの、それまで相手方Y1からの申し出をことごとく拒否していたのであるから、申立人が被相続人の扶養について積極的であったとは考えにくい。これに対し、相手方Y1は、妻と被相続人との嫁姑関係に気を配りながら、同居中ずっと被相続人の面倒をみてきたのであるから、被相続人の扶養について積極的であったと考えることができる。確かに、同相手方も何度か被相続人の扶養を申立人に申し出ることがあったが、それまでの生活実態からすると、長男である申立人に比べ自分の負担が大きいと考えたとしても無理のないことであるから、これを非難するのはあたらない。したがって、被相続人の扶養についても、もっぱら同相手方が積極的で、現実にそのほとんどを同相手方が負担してきたと認めるのが相当である。

(3) 申立人と相手方Y1は被相続人の扶養をめぐり激しく対立してきたが、被相続人は、子供たちと上手にバランスを取りながらつきあっており、子供たちも、終生、被相続人を敬慕し、親愛感を抱いていたため、親子関係自体には問題がなかった。したがって、被相続人は、子供たちの誰もが、それぞれ自由に自分の供養、墓参りをしてくれることを望んでいたはずである。しかるに、申立人は、被相続人の墳墓について合葬を主張し、申立人自身そこに合葬されることを望んでいるが、相手方らは申立人が合葬された墳墓を参拝する意思がないことを明確にしているから、仮に、申立人が祭祀財産の承継者となると、相手方らの参拝が途絶える事態が予想される。これに対し、相手方Y1は、被相続人の墳墓での合葬は望まず自身の墳墓は別に求めるとして、被相続人の墳墓は「父母の墓」とすることを主張しているから、仮に、同相手方が墳墓を承継するとしても、申立人の参拝は妨げられない。

(4) (1)ないし(3)の事情によれば、被相続人の祭祀財産承継者は相手方Y1と指定するのが相当である。しかしながら、被相続人の仏壇(位牌を含む。)については、現在申立人がこれを管理しているところ、申立人と相手方Y1の対立状況からみて、仮に、この承継者を同相手方とすると、その引渡をめぐって新たな紛争が生じることがほとんど必至であると考えられること、仏壇の購入代金を被相続人と申立人のいずれが負担したかについて争いがあるが、少なくても相手方Y1がこれを負担した事実はないこと等の事情が認められる。これによると、仏壇(位牌を含む。)の承継者については申立人と指定するのが相当である。

5 以上のとおり、本件では被相続人の墳墓については相手方Y1を、祭具(仏壇、位牌)については申立人を、それぞれの承継者と指定するのが相当である。本来、祭祀財産の承継者の指定は1人に限るのが望ましいが、本件のように、当事者間の対立が激しい事案では、各別に指定することもやむを得ない。
 よって、主文のとおり、審判する。 (家事審判官 大西嘉彦)