小松法律事務所

再転相続における熟慮期間開始時について判断した最高裁判決紹介


○民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、相続の承認又は放棄をしないで死亡した者の相続人が、当該死亡した者からの相続により、当該死亡した者が承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を、自己が承継した事実を知った時をいうとした令和元年8月9日最高裁判決(裁時1729号1頁)全文と、その報道を紹介します。

○事案概要は以下の通りです。
・h24.6.30Aが死去し、妻子が相続放棄し、兄弟姉妹の一人BのみがAの地位を相続
・h24.10.29BはAの相続人なったことを知らず、Aの相続を放棄しないまま死去
・h27.11.11Aの債権承継人がC(被上告人)に債務名義承継執行分を送達し、CはAの相続人となっていたことを知る
・h28.2.5CはAの相続について相続放棄申述(h27.11.11から3ヶ月の熟慮期間内)
・CがAに対する債務名義に基づくCへの強制執行を許さないことを求める執行文付与に対する異議申立
・原審は、熟慮期間はCが、BからAの相続人としての地位を承継した事実を知った時から起算され,本件相続放棄は熟慮期間内にされたものとして有効と判断
・Aへの債権承継者が上告


○原審と最高裁判決は、結論は同じですが、熟慮期間開始時について原審が本件では民法第916条は適用されず、Aからの相続に係る被上告人の熟慮期間の起算点は,同法915条によって定まるとしたのに対し、最高裁は、本件も民法第916条が適用され、同条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とは,相続の承認又は放棄をしないで死亡した者の相続人が,当該死亡した者からの相続により,当該死亡した者が承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を,自己が承継した事実を知った時をいうものと解すべきであるとして、本件送達の時から熟慮期間が開始するとしました。

民法
第915条(相続の承認又は放棄をすべき期間)
 相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。
2 相続人は、相続の承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができる。
第916条
 相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したときは、前条第1項の期間は、その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から起算する。


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債務放棄、把握から3カ月以内=2次相続めぐり初判断-最高裁
8/9(金) 16:13配信時事通信


 父親が親族の債務の相続人になったことを知らないまま死亡し、約3年後、債務を2次相続したとして不動産競売手続きの通知を受けた女性が相続放棄できるか否かが争われた訴訟の上告審判決で、最高裁第2小法廷(菅野博之裁判長)は9日、債務把握から3カ月以内であれば放棄できるとの初判断を示した。

 1次相続人が相続の承認、放棄の意思表示をしないまま死亡した場合、2次相続人が放棄できる期間(3カ月)の起算点はいつになるのかが争点。通説では「父親が死亡したとき」とされ、初判断は相続実務や債権回収現場に影響を与えそうだ。

 菅野裁判長は「民法は、2次相続人の認識に基づき、1次相続を承認または放棄する機会を保障している」と指摘した上で、3カ月の起算点について、「承認、放棄しなかった相続の相続人としての地位を承継した事実を知ったとき」と判示。女性が競売の通知を受けたときを起算点とし、父親の死後3年以上経過してから行われた相続放棄を有効と結論付けた。

 判決などによると、父親の兄は2012年6月、多額の債務を抱えたまま死亡し、兄の子らは同9月に相続放棄。父親が相続人となった。

 しかし、父親は自分が相続人になったことを知らず、放棄するか否かの意思表示をしないまま同10月に死亡。女性は15年11月、不動産競売に関する通知で債務を把握し、3カ月が経過する前の16年2月に相続放棄の手続きを取った


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主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。

理 由
上告代理人瀬戸祐典,上告復代理人岸田麻希の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) 株式会社みずほ銀行は,南大阪食肉市場株式会社に対して貸金等の支払を求めるとともに,A外4名に対し,上記貸金等に係る連帯保証債務の履行として各8000万円の支払を求める訴訟を提起した。平成24年6月7日,みずほ銀行の請求をいずれも認容する判決が言い渡され,その後,同判決は確定した(以下,この判決を「本件確定判決」という。)。

(2)
ア Aは,平成24年6月30日,死亡した。Aの相続人は,妻及び2名の子らであったが,同年9月,当該子らによる相続放棄の申述が受理された。

イ 上記の相続放棄により,Aのきょうだい4名及び既に死亡していたAのきょうだい2名の子ら7名(合計11名)がAの相続人となったが,平成25年6月,これらの相続人のうち,B(Aの弟)外1名を除く9名による相続放棄の申述が受理された。

(3) Bは,平成24年10月19日,自己がAの相続人となったことを知らず,Aからの相続について相続放棄の申述をすることなく死亡した。Bの相続人は,妻及び子である被上告人外1名であった。被上告人は,同日頃,被上告人がBの相続人となったことを知った。

(4) みずほ銀行は,平成27年6月,上告人に対し,本件確定判決に係る債権を譲渡し,南大阪食肉市場に対し,内容証明郵便により上記の債権譲渡を通知した。

(5)
ア 上告人は,平成27年11月2日,本件確定判決の正本(以下「本件債務名義」という。)に基づき,みずほ銀行の承継人である上告人が,Aの承継人である被上告人に対して本件債務名義に係る請求権につき32分の1の額の範囲で強制執行することができる旨の承継執行文の付与を受けた。

イ 被上告人は,平成27年11月11日,本件債務名義,上記承継執行文の謄本等の送達(以下「本件送達」という。)を受けた。被上告人は,本件送達により,BがAの相続人であり,被上告人がBからAの相続人としての地位を承継していた事実を知った。

(6) 被上告人は,平成28年2月5日,Aからの相続について相続放棄の申述をし,同月12日,上記申述は受理された(以下,この相続放棄を「本件相続放棄」という。)。

2 本件は,被上告人が,上告人に対し,本件相続放棄を異議の事由として,執行文の付与された本件債務名義に基づく被上告人に対する強制執行を許さないことを求める執行文付与に対する異議の訴えである。甲が死亡し,その相続人である乙が甲からの相続について承認又は放棄をしないで死亡し,丙が乙の相続人となったいわゆる再転相続に関し,民法916条は,同法915条1項の規定する相続の承認又は放棄をすべき3箇月の期間(以下「熟慮期間」という。)は,「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」から起算する旨を規定しているところ,本件では,Aからの相続に係る被上告人の熟慮期間がいつから起算されるかが争われている。

3 原審は,前記事実関係等の下において,次のとおり判断して,被上告人の請求を認容すべきものとした。
 民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とは,丙が自己のために乙からの相続が開始したことを知った時をいう。しかしながら,同条は,乙が,自己が甲の相続人であることを知っていたが,相続の承認又は放棄をしないで死亡した場合を前提にしていると解すべきであり,BがAの相続人となったことを知らずに死亡した本件に同条は適用されない。Aからの相続に係る被上告人の熟慮期間の起算点は,同法915条によって定まる。Aからの相続に係る被上告人の熟慮期間は,被上告人がBからAの相続人としての地位を承継した事実を知った時から起算され,本件相続放棄は熟慮期間内にされたものとして有効である。

4 しかしながら,民法916条の解釈適用に関する原審の上記判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。
(1) 相続の承認又は放棄の制度は,相続人に対し,被相続人の権利義務の承継を強制するのではなく,被相続人から相続財産を承継するか否かについて選択する機会を与えるものである。熟慮期間は,相続人が相続について承認又は放棄のいずれかを選択するに当たり,被相続人から相続すべき相続財産につき,積極及び消極の財産の有無,その状況等を調査し,熟慮するための期間である。そして,相続人は,自己が被相続人の相続人となったことを知らなければ,当該被相続人からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択することはできないのであるから,民法915条1項本文が熟慮期間の起算点として定める「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは,原則として,相続人が相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が相続人となった事実を知った時をいうものと解される(最高裁昭和57年(オ)第82号同59年4月27日第二小法廷判決・民集38巻6号698頁参照)。

(2) 民法916条の趣旨は,乙が甲からの相続について承認又は放棄をしないで死亡したときには,乙から甲の相続人としての地位を承継した丙において,甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択することになるという点に鑑みて,丙の認識に基づき,甲からの相続に係る丙の熟慮期間の起算点を定めることによって,丙に対し,甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択する機会を保障することにあるというべきである。

再転相続人である丙は,自己のために乙からの相続が開始したことを知ったからといって,当然に乙が甲の相続人であったことを知り得るわけではない。また,丙は,乙からの相続により,甲からの相続について承認又は放棄を選択し得る乙の地位を承継してはいるものの,丙自身において,乙が甲の相続人であったことを知らなければ,甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択することはできない。丙が,乙から甲の相続人としての地位を承継したことを知らないにもかかわらず,丙のために乙からの相続が開始したことを知ったことをもって,甲からの相続に係る熟慮期間が起算されるとすることは,丙に対し,甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択する機会を保障する民法916条の趣旨に反する。

以上によれば,民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とは,相続の承認又は放棄をしないで死亡した者の相続人が,当該死亡した者からの相続により,当該死亡した者が承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を,自己が承継した事実を知った時をいうものと解すべきである。

なお,甲からの相続に係る丙の熟慮期間の起算点について,乙において自己が甲の相続人であることを知っていたか否かにかかわらず民法916条が適用されることは,同条がその適用がある場面につき,「相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したとき」とのみ規定していること及び同条の前記趣旨から明らかである。

(3) 前記事実関係等によれば,被上告人は,平成27年11月11日の本件送達により,BからAの相続人としての地位を自己が承継した事実を知ったというのであるから,Aからの相続に係る被上告人の熟慮期間は,本件送達の時から起算される。そうすると,平成28年2月5日に申述がされた本件相続放棄は,熟慮期間内にされたものとして有効である。

5 以上によれば,原審の前記判断には,民法916条の解釈適用を誤った違法がある。しかしながら,本件相続放棄が熟慮期間内にされたものとして有効であるとした原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は採用することができない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。(裁判長裁判官 菅野博之 裁判官 山本庸幸 裁判官 三浦 守 裁判官草野耕一)