小松法律事務所

母からの法定相続分譲渡が特別受益に当たるとした地裁判例紹介


○父の相続にあたり子が母から法定相続分を譲り受けた場合、母の相続開始による遺産分割において、母の相続分の譲受は、特別受益に当たるとした平成28年12月6日甲府地裁都留支部判決(判時2370号34頁)全文を紹介します。この結果は、平成29年7月6日東京高裁判決でも維持されています。

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主   文
一 被告は、各原告に対し、別紙遺産目録《略》記載の土地、建物について、平成26年4月5日遺留分減殺を原因とする各10分の1の持分移転登記手続をせよ。
二 被告は、各原告に対し、各389万8297円を支払え。
三 訴訟費用は、被告の負担とする。

事実及び理由
第一 請求

 主文同旨

第二 事案の概要
 本件は、原告らが、被告に対し、同人らの母であるB(以下「被相続人母」という。)の相続に関して、遺留分減殺請求を行使したとして、主文一項及び二項記載の登記手続及び金銭の支払を求めている事案である。

一 前提事実(争いのない事実及び各項末尾の証拠により容易に認められる事実)
(1)被相続人母は亡A(以下「亡父」という。)の妻であり、原告ら及び被告は両名の子らである。

(2)亡父は、平成元年××月××日に死亡した。その法定相続人は、被相続人母(法定相続分2の1)並びに原告ら及び被告(法定相続分各6分の1ずつ)

(3)被相続人母は、平成5年3月15日、亡父の相続に関する相続分を被告に無償で譲渡した(以下「本件相続分譲渡」という。)。また、原告X2も、被告に相続分を譲渡した。その結果、亡父の相続分は被告が6分の5、原告X1が6分の1となった。

(4)亡父の遺産分割について遺産分割審判が行われた。最終的には、東京高等裁判所における抗告審において、〔1〕被告は亡父の遺産の中から別紙遺産目録《略》記載の各遺産を取得すること、〔2〕原告X1が同目録外の土地一筆を取得すること、〔3〕原告X1が被告に対し、〔2〕の代償金として1196万9028円を支払うことと定められた。(東京高等裁判所平成19年(ラ)第1547号平成21年3月6日付決定。以下「前件決定」という。)

(5)被相続人母は平成25年××月××日に死亡した。同人の法定相続人は、原告ら及び被告である(法定相続分各3分の1)。

(6)被相続人母に固有の遺産はなく、本件相続分譲渡により、亡父から相続した財産もない。本件で、原告らが遺留分算定の基礎となる財産として主張しているのは、本件相続分譲渡によって譲渡された被相続人母が亡父の法定相続人として有していた相続分のみである。

(7)原告らは、被告に対し、平成26年4月5日、被相続人母に関する遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示をした。

(8)被告は、別紙遺産目録《略》記載の株式をいずれも処分した。

(9)別紙遺産目録《略》記載の各不動産の不動産登記記録上の所有者は被告である。

二 争点
(1)本件相続分譲渡が「遺留分算定の基礎となる贈与」(以下単に「贈与」という。)にあたるか。

(2)原告らの遺留分減殺請求権の行使が権利の濫用にあたるか。

第三 当裁判所の判断
一 争点(1)について

(1)相続分の譲渡は、相続分の指定や包括遺贈のように自らが所有する個別具体的な財産の権利についての処分行為ではなく、自らが法定相続人であることから有する被相続人の遺産を一定割合で相続しうる地位を譲渡するものであり、この意味で前二者と異なるものの、かかる地位の譲渡によって、譲渡を受けた他の相続人が遺産分割によって被相続人から取得する遺産を増加させる効果を生じさせるという意味で財産的価値を有するものであるから、これを無償で譲渡することについて特別受益の対象となる贈与にあたりうることは明らかである。そして、本件相続分譲渡は、被告が亡父から取得する遺産の量を大幅に増加させるものであり、これが被告の生活に資することから、生計の資本としての贈与として特別受益に該当し遺留分減殺の対象となる贈与となる。

(2)これに対して、被告は概ね以下の各理由から、相続分の譲渡は「贈与」にあたらないと主張する。
ア 最高裁判所平成11年(行ヒ)第24号平成13年7月10日第三小法廷判決・民集55巻五号955頁(以下「平成13年判決」という。)は、「共同相続人間で相続分の譲渡がされたときは、積極財産と消極財産とを包括した遺産全体に対する譲渡人の割合的な持分が譲受人に移転し、譲受人は従前から有していた相続分と新たに取得した相続分とを合計した相続分を有する者として遺産分割に加わることとなり、分割が実行されれば、その結果に従って相続開始の時にさかのぼって被相続人からの直接的な権利移転が生ずることとなる。

 このように、相続分の譲受人たる共同相続人間の遺産分割前における地位は、持分割合の数値が異なるだけで、相続によって取得した地位と本質的に異なるものではない。…また、相続分の譲渡による権利移転は、その後に予定されている遺産分割により権利移転が確定的に生ずるまでの暫定的なものであって、遺産分割による農地についての確定的な権利移転については許可を要しない」と判示している。相続分の譲渡は遺産分割が確定するまでの暫定的なものであるし、亡父の遺産分割の結果、亡父からの直接的な権利移転が生じることとなる。

イ 相続分の譲渡は、固有の財産の移動がない。相続分の譲渡は、相続分の指定とも包括遺贈とも全く異なるものである。遺産分割は相続の問題であって、贈与の問題ではない。

ウ 相続分の譲渡は、民法上も税法上も贈与とはされていない。

エ 亡父の遺産分割は、被相続人母から被告に対する相続分の譲渡が、亡父の遺産分割の一方法としてされたことを前提に、前件決定により確定しており、原告らの遺留分減殺請求権は、これを覆すもので、いわば既判力に抵触し認められない。

(3)前記(2)の主張に対して以下補足説明をする。
ア 平成13年判決は要するに相続(遺産分割)による権利移転は農地法3条の許可が不要であることを前提に、相続分の譲渡は相続人間の相続分を変動させるものであり、譲受人の相続人としての地位や資格の変動を伴うものでないことから相続分の譲渡自体に農地法3条の許可が不要であると判示したものに過ぎない。本件は相続分の譲渡によって譲渡人が取得する遺産の量が増加すること自体を問題にしているのであり、問題の所在を異にしている。平成13年判決は前記判断を左右しない。

イ 相続分の譲渡の性質及びこれが「贈与」にあたることは前記(1)で述べたとおりである。補足すると、相続分の譲渡によって変動した相続分の割合によって遺産分割が行われ、被相続人から相続人に遺産が直接権利変動するという点は被告が強調するとおりであるが、そのことと相続分の割合を変化させる行為である相続分の譲渡が「贈与」になるか否かとは論理的に関係はない。また相続分の譲渡だけでは具体的な個別財産の権利の取得にはつながらず、最終的に遺産分割を経なければ権利移転が生じないという意味で相続分の譲渡は暫定的なものではあるが、遺産分割を行う前提としての譲受人の相続分を増加させる効果は相続分の譲渡によって確定的に発生するものであるから、その意味で相続分の譲渡が「贈与」にあたりえないということもできない。

ウ 相続分の譲渡が「民法上の贈与」にあたらないという被告の主張について、民法549条以下に規定する意味での贈与か、遺留分減殺の基礎となりうる贈与という意味で主張しているのか必ずしも判然とはしないが、少なくとも後者の贈与にあたるという点は前記判断のとおりである。また相続分の譲渡が税法上の贈与にあたらないという点については、前記のとおり、相続分の譲渡という行為は相続人間の相続分の割合を変動させるものに過ぎず、最終的には遺産分割によって、被相続人から相続人が直接遺産を取得するものであり、実際に遺産を取得した相続人がその取得した遺産に関して相続による権利取得を原因として相続税を納めるものであるところ、その過程で行われた相続分の割合の変動そのものに課税すれば当然二重課税の問題が生じることとなるから相続分の譲渡自体が課税対象とならないことは税体系上当然のことであって、相続分の譲渡が税法上の贈与にあたらないことは、「贈与」にあたらないことの根拠にはならない。

エ 前件決定は本件相続分譲渡を前提にその修正された相続分を基に遺産分割を行ったものでありその意味では確定している。しかし、遺言に基づく相続又は贈与あるいは生前贈与などもその法律行為自体は確定的に有効であり、遺留分減殺請求権はそれを前提に認められるものであるから、前件決定による遺産分割によって確定的な権利変動が起きていることは遺留分減殺請求の可否とは関係がない。言うまでもなく遺産分割審判自体には既判力がないし、被相続人母の死亡は前件決定後の事情であり、前件決定時に遺留分減殺の意思表示を行うことができなかった以上、その行使が制限される法律上、信義則上の理由はない。

オ 以上のとおり、被告の主張にはいずれも理由がない。

二 争点(2)について
(1)被告は、〔1〕原告らは自らが婚姻した後は、被相続人母のことはすべて実家に任せきりで、特に亡父の死去後被相続人母が死亡するまで約25年間、被相続人母との交流がなかった、〔2〕それに対して被告は被相続人母と同居を継続し、物心ともに全面的な支援を行ってきたし、平成20年ころから歩行困難になった後、妻とともに日常生活の援助も続けてきた、〔3〕被相続人母が特別養護老人ホームに入所した後も、被告がその費用を負担したのに対し、原告らは見舞いにも来なかった、などと主張し、これらの事情からすれば、原告らの遺留分減殺請求権は権利の濫用にあたり許されないと主張する。

(2)しかし,遺言あるいは贈与(本件では本件相続分譲渡)によって被相続人の意思の実現が図られる一方、かかる意思によっても遺留分は侵害されないというのが法の制度設計であり、かつ、法定相続人であることから保障される遺留分減殺請求権すらその意思に反して行使できない場合は、法律上の欠格事由(民法891条)に該当する場合を除けば、被相続人に対する虐待等の一定の事由があったときに限り、被相続人が家庭裁判所に対して、推定相続人の排除を請求(遺言による場合を含むが)し、家庭裁判所がこれを認めた場合に限られることを考慮すれば、被告が主張する前記各事情によって、原告らの遺留分減殺請求権が権利の濫用にあたるとは認められない。

三 亡父の遺産相続に関して被告の法定相続分は6分の1であったところ、本件相続分の譲渡等によって被告は最終的に6分の5の相続分を有する前提で、遺産目録記載の各遺産及び代償金を取得しているところ、被相続人母の法定相続分は2分の1であるから、被告が最終的に取得した遺産に占める本件相続分譲渡によって増加した相続分の割合は5分の3(2分の1÷6分の5)である。そして、原告らが被相続人母に対して有する遺留分は各6分の1であるから、原告らは遺留分減殺請求権の行使によって、被告が取得した各遺産に対して各10分の1の割合による持分を取得したことになる。

 そうすると、遺産目録記載の各財産のうち、不動産については、それぞれ10分の1ずつの共有持分が原告に帰属することになるとともに、預貯金、処分済みの各株式の評価額及び代償金の合計額である3898万2978円の各10分の1ずつである389万8297円ずつについて、被告が各原告に支払うべきこととなる。

第四 結論
 よって、主文のとおり判決する。(裁判官 横地大輔)

別紙 遺産目録《略》