小松法律事務所

相続分譲渡を原則民法第903条1項”贈与”該当しないとした地裁判決紹介


○「相続分譲渡を原則民法第903条1項”贈与”該当とした最高裁判決紹介」の続きで、その第一審判決である平成28年12月21日さいたま地裁判決(家庭の法と裁判19号41頁)全文を紹介します。

○被相続人亡Cの長女である原告が、被相続人がその全財産を二男である被告に相続させる旨の遺言をしたことにより遺留分が侵害されたとして、被告に対し、被告が取得した土地建物の持分の各16分の1について遺留分減殺を原因とする持分一部移転登記手続を求め、原告の遺留分の価額の金員及びこれに対する遅延損害金の支払を求めまし。

○平成28年12月21日さいたま地裁判決は、相続人間に遺産分割調停が成立しているから、その結果に従い相続開始の時にさかのぼって亡Dから原被告及びFに対する直接的な権利移転が生じ、被相続人は、亡Dの個々の相続財産についての共有持分を有しなかったことになるため、本件相続分譲渡が被相続人の被告に対する財産の贈与として、本件相続分譲渡により被告の取得した被相続人の相続分が被相続人の相続における遺留分算定の基礎となる財産になるということはできず、被相続人の相続について、原告の遺留分の侵害はないとして、原告の請求を棄却しました。

○事案をまとめると、以下の通りです。当事者表記は判決文に合わせました。
被相続人亡C(妻)====亡D(夫)
 _______|_______
 |    |    |   |(養女)
被告(二男)原告(長女)F(三男)G

・平成20年12月死去した亡C遺産分割調停で相続人の亡D及びGは、各自の相続分を原告に譲渡し、遺産分割手続から脱退
・亡Dは平成22年8月全財産を原告に相続させる公正証書遺言
・亡Cの遺産につき、原告、被告及びFの間において、平成22年12月、遺産分割調停が成立
・亡Dは、平成26年7月に死亡し、法定相続人は、原告、被告、F及びG
・原告が被告に対し、亡D相続に関し遺留分減殺請求の意思表示を亡C相続分譲渡を「贈与」として遺留分算定財産額に算入すべきと主張


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主   文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求

1 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載1の〔1〕ないし〔7〕の土地及び同目録記載2の〔1〕ないし〔4〕の建物の持分各16分の1について、平成26年11月27日遺留分減殺を原因とする持分一部移転登記手続をせよ。
2 被告は、原告に対し、1221万9399円及びこれに対する平成26年11月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は、被相続人亡C(以下「被相続人」という。)の長女である原告が、被相続人がその全財産を二男である被告に相続させる旨の遺言したことにより遺留分が侵害されたとして、被告に対し、被告が取得した土地建物の持分の各16分の1について遺留分減殺を原因とする持分一部移転登記手続を求め、原告の遺留分の価額1221万9399円及びこれに対する遺留分減殺の意思表示をした日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1 前提事実(当事者間に争いのない事実)
(1)被相続人は、亡D(以下「亡D」という。)の妻であり、原告及び被告は、亡Dと被相続人との間の長女及び二男である。亡Dと被相続人との間には、原被告のほか、長男亡E(昭和28年12月17日死亡)、三男F及び養女G(被告の妻)がいる。

(2)亡Dは、平成20年12月9日に死亡した。亡Dは、相続開始時において、別紙「亡Dの遺産目録」記載の財産(ただし、同目録記載第3の債権を除く。)を有していた。

(3)原告の申立てによる亡Dの遺産分割調停事件において、被相続人及びGは、自己の相続分全部をそれぞれ被告に譲渡し(以下、被相続人の被告に対する相続分の譲渡を「本件相続分譲渡」という。)、平成22年12月16日、亡Dの相続人間に、原告が別紙「亡Dの遺産目録」記載第1の6の土地及び第2の4ないし8の建物を取得し、被告が同目録記載第1の5、7ないし13の土地、第2の2、3、9、10の建物、第4の現金、預貯金及び第5のその他の財産を取得し、Fが同目録記載第1の1ないし4の土地及び第2の1の建物を取得すること等を内容とする遺産分割調停が成立した。
 被告は、その後、同目録記載第1の7の土地を他人に譲り渡した。

(4)被相続人は、平成22年8月25日、被相続人の有する全財産を被告に相続させるとの内容の公正証書遺言をした。

(5)被相続人は、平成26年7月24日に死亡した。被相続人は、相続開始の時において、35万2557円の預金を有していた。

(6)原告は、平成26年11月27日、被告に対し、遺留分減殺の意思表示をした。

2 争点
 本件相続分譲渡が被相続人の被告に対する財産の贈与として、本件相続分譲渡により被告の取得した被相続人の相続分が被相続人の相続における遺留分算定の基礎となる財産になるか否か、である。
(1)原告の主張

ア 相続分が財産的価値を持つことは明らかであり、これを無償で譲渡した以上、他の財産の贈与と結論を異にする理由はない。民法909条本文があるとしても、同条ただし書きがあるように、遺産分割の遡及効を貫いていないし、最高裁平成16年(受)第1222号同17年9月8日第一小法廷判決・民集59巻7号1931頁も、相続によって共有状態が発生した事実は消えないとしている。

イ 亡Dは、相続開始時に別紙「亡Dの遺産目録」記載の財産(ただし、同目録記載第3の債権を除く。)を有しており、また、同目録記載第3の債権は、相続開始から平成30年9月25日までの間の同目録記載第2の10の賃貸建物に係る賃料債権であって、亡Dの相続財産となる。そして、被告は、本件相続分譲渡により、亡Dの個々の相続財産についての共有持分を取得した。

 被相続人の相続について、原告の遺留分は8分の1であり、被告が減殺請求権を行使した結果、被告が取得した権利は遺留分を侵害する限度で当然に原告に帰属するから、被告が取得した別紙「亡Dの遺産目録」記載第1の5、8ないし13の土地及び第2の2、3、9、10の建物(別紙物件目録記載1の〔1〕ないし〔7〕の土地及び2の〔1〕ないし〔4〕の建物と同じ。)の各2分の1の持分の8分の1が被告に帰属した。また、被相続人が相続開始の時に有していた財産の価額35万2557円に、本件相続分譲渡による財産の価額9740万2642円(他人に譲り渡した同目録記載第1の1ないし4、6、7の土地及び第2の1、4ないし8の建物の各2分の1の持分の価額4471万0131円、同目録記載第3の債権の2分の1の価額4228万3200円、同目録記載第4の現金、預貯金及び第5のその他の財産2分の1の価額1040万9311円)を加えた9775万5199円が遺留分算定の基礎となる財産の額であり、これに原告の遺留分の割合である8分の1を乗じると、原告の遺留分の額は1221万9399円(円未満切捨て)になる。

(2)被告の反論
ア 遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずるから(民法909条本文)、平成22年12月16日の遺産分割調停の成立により、被相続人は、亡Dの遺産を取得しなかったことになる。そうであるから、本件相続分譲渡を被相続人の被告に対する財産の贈与と見る余地はない。

イ 被相続人が相続開始の時に有していた財産の価額は35万2557円であり、被相続人の贈与した財産はなく、また、被相続人の債務は700万円を下らないから、遺留分算定の基礎となる財産の額は0円以下になり、被相続人の相続について、原告の遺留分の侵害はない。

第3 当裁判所の判断
1 本件相続分譲渡により被告の取得した被相続人の相続分が被相続人の相続における遺留分算定の基礎となる財産になるか否かについて検討する。
 共同相続人間で相続分の譲渡がされたときは、積極財産と消極財産とを包括した遺産全体に対する譲渡人の割合的な持分が譲受人に移転し、譲受人は従前から有していた相続分と新たに取得した相続分とを合計した相続分を有する者として遺産分割に加わることとなる。そして、遺産分割がされるまでの間は、共同相続人がそれぞれの持分割合により相続財産を共有することになるところ、上記相続分の譲渡に伴って個々の相続財産について共有持分の移転も生ずるものと解される。

 しかしながら、相続分の譲渡に伴う個々の相続財産についての共有持分の移転はその後に予定されている遺産分割による権利移転が確定的に生ずるまでの暫定的なものであり、遺産分割がされれば、その結果に従い相続開始の時にさかのぼって被相続人からの直接的な権利移転が生ずる。

 本件において、平成22年12月16日に亡Dの相続人間に遺産分割調停が成立しているから、その結果に従い相続開始の時にさかのぼって亡Dから原被告及びFに対する直接的な権利移転が生じ、被相続人は、亡Dの個々の相続財産についての共有持分を有しなかったことになる。そうであるから、本件相続分譲渡が被相続人の被告に対する財産の贈与として、本件相続分譲渡により被告の取得した被相続人の相続分が被相続人の相続における遺留分算定の基礎となる財産になるということはできない。


 原告引用の判例(最高裁平成16年(受)第1222号同17年9月8日第一小法廷判決・民集59巻7号1931頁)は、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得した上記賃料債権の帰属は、後にされた遺産分割の影響を受けないというものであり、事案を異にし、本件に適切でない。

2 被相続人が相続開始の時に有していた財産の価額は35万2557円であり、前記のとおり、本件相続分譲渡は被相続人の被告に対する財産の贈与でなく、他に被相続人の贈与した財産があることを認めるに足りる証拠はない。そして、証拠(乙3ないし5)によれば、被相続人には、相続開始時において、平成26年6月分22万3609円及び同年7月分14万4329円合計36万7938円の介護施設利用料金の未払等があることが認められる。
 そうすると、遺留分算定の基礎となる財産の額は0円以下になり、被相続人の相続について、原告の遺留分の侵害はない。

3 したがって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
 よって、原告の請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。 
(口頭弁論の終結の日 平成28年11月7日) さいたま地方裁判所第1民事部 裁判官 高野輝久

別紙物件目録(省略)