小松法律事務所

兄弟姉妹間の扶養義務内容程度について判断した東京家裁審判紹介


○「兄弟姉妹間の扶養義務内容程度について判断した福岡高裁決定紹介」の続きで、兄弟姉妹間の扶養義務に関する最近の判例として平成28年3月25日東京家裁審判(判タ1446号131頁<参考収録・原審>)を紹介します。

○事案は、申立人(三女)が、長兄である相手方に対し、当事者参加人(長女)の扶養料として合計2860万0191円を援助してきたとして、その全額の求償を求めるとともに、基準日後の当事者参加人の扶養料相当額を毎月末日限り同参加人に対して支払うことを求めたものです。

○これに対し東京家裁審判は、申立人が参加人のために合計2860万0191円の金員を負担した事実を認めるには足りないとして、過去の扶養料の求償としては14万円しか認めず、今後の扶養料としては、「参加人の扶養料の額は,参加人の潜在的な稼働能力を金銭的に評価すると年収50万円程度と考えられること,生活保護基準額は月額8万0480円であることを踏まえ,月額8万円であると認めるのが相当」として、扶養能力のある相手方と二女(F)が各4万円ずつ負担すべしとしています。

○兄弟姉妹の扶養義務については、「自己の生活に余裕がある場合に,その限度で,困窮に陥っている者の生活を援助する生活扶助義務を負う」として、申立人は、収入を上回る債務の支払をしなければならない状況であり、生活扶助義務としての参加人に対する扶養料の支払を負担する余力はないとしました。

     亡D(父)_______亡E(母)
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長男(相手方)  長女(参加人)  二女(F)  申立人(三女)

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主   文
1 相手方は,当事者参加人に対し,過去の扶養料として14万円を支払え。
2 相手方は,当事者参加人に対し,扶養料として月額4万円を,平成28年○月から毎月末日限り支払え。
3 その余の申立人の申立を却下する。
4 手続費用は各自の負担とする。

理由
第1 申立の趣旨

1 相手方は,当事者参加人に対し,扶養料として,平成27年○月○日から毎月末日限り相当額を支払え。
2 相手方は,申立人に対し,2860万0191円を支払え。

第2 事案の概要
 本件は,申立人が,兄である相手方に対し,平成14年○月○日から平成27年○月○日(以下「基準日」という。)まで,申立人の姉であり相手方の妹である当事者参加人(以下「参加人」という。)の扶養料として合計2860万0191円を援助してきたとして,その全額の求償を求めるとともに(上記申立の趣旨2),基準日後の参加人の扶養料相当額を毎月末日限り参加人に対し支払うことを求める(上記申立の趣旨1)事案である。

 相手方は,参加人が平成14年○月○日以降扶養を要する状態にあるとは認められず,また,申立人が参加人に援助してきたとする金銭の支払が扶養の趣旨であるとは認められないなどと主張して,申立人の主張を争っている。

第3 当裁判所の判断
1 認定事実

 一件記録によれば,以下の事実が認められる。
(1) 身分関係等
ア 相手方(昭和23年○月○日生),参加人(昭和24年○月○日生)及び申立人(昭和30年○月○日生)は,いずれもD(大正11年○月○日生○)とE(大正11年○月○日生○)の子である。相手方はDとEの長男,参加人はDとEの長女,申立人はDとEの三女に当たる。(甲1の2)

イ DとEの間には,相手方,参加人及び申立人のほか,二女F(昭和26年○月○日生○という。)がいる。(甲1の2)

ウ Dは,平成9年○月○日死亡した。(甲1の2)

エ Eは,平成19年○月○日死亡した。(甲2)

(2) 参加人の生活状況等
ア 参加人は,昭和47年頃,飲食店を開業したが,平成6年頃には資金繰りが立ちゆかなくなり,申立人から金銭を借用して飲食店の運営資金等に充てるようになった。(甲56)
イ 参加人は,平成9年○月,D死亡に伴う遺産分割協議により,3000万円を取得した。(甲9)
ウ 参加人は,平成14年○月,飲食店を経営することが経済的に困難となり,廃業した。(甲56)
エ 参加人は,平成18年○月○日,Gから表記参加人住所地所在のマンション(以下「本件マンション」という。)を売買により取得した。本件マンションは,平成26年○月○日時点で売却額1000万円と査定されている。(甲5,乙2)
オ 参加人は,平成19年○月○日,申立人が代表取締役を務める株式会社J(資本金1000万円○)の監査役に就任した。参加人は,Jの帳簿上,Jから監査役報酬として年間60万円の支払を受けていることとされている。(甲13,57)
カ 参加人は,平成20年○月○日,E死亡に伴う遺産分割により,4000万円を取得した。(甲10)

(ア) 参加人は,平成19年○月○日から平成20年○月○日まで○クリニックに通院し,神経症性不眠につき加療を受けた。(甲23)
(イ) 参加人は,平成20年○月○日,同月○日,同月○日及び同年○月○日,めまい症状を訴えて,○病院を受診した。(甲24,25)
(ウ) 参加人は,平成21年○月○日,左乳房痛及び左腋窩痛が2か月続いており,また,頚部痛や頚部圧迫感が1か月続いていると訴えて,○病院を受診した。なお,診察において問題となる所見はなかった。(甲26)
(エ) 参加人は,同年○月○日,歩行時のふらつきを訴えて○病院を受診した。なお,診察において問題となる所見はなく,○月○日に終診となった。(甲27)
(オ) 参加人は,平成23年○月○日及び○月○日,めまいや倦怠感等を訴えて○病院を受診したところ,軽度の変形性脊椎症であると認められた。(甲28)
(カ) 参加人は,平成25年○月○日,動悸やめまいを訴えて○病院を受診し,自律神経失調症との診断を受けて,以後,同病院で治療を受けることになった。(甲7)
(キ) 参加人は,平成26年○月○日,○クリニック医師Hより,うつ病のため抑うつ状態がみられること,めまい,動悸,ふらつき,下肢のしびれ等の身体症状がみられること,現在同クリニックにて外来通院加療中であること,日常生活において著しい支障が認められること等を記載した診断書の発行を受けた。また,参加人は,同年○月○日,H医師より,うつ病のため仕事をすることは不可能であると判断する旨の診断書の発行を受けた。さらに,参加人は,同年○月○日,H医師より,動物を飼育することは参加人の病状を安定させることができるため,症状を回復するために必要と判断する旨の診断書の発行を受けた。(甲29,34,37)

ク 参加人は,○発行の課税証明書によれば,平成20年から平成24年まで,いずれも所得金額が0円となっている。(甲20,33〔いずれも枝番号を含む〕)

(3) 申立人の経済状況,参加人に対する金銭負担の状況等
ア 申立人は,Jの代表取締役を務めており,その認めるところによれば,平成27年の役員報酬は月額約60万円である。(甲13)

イ 申立人は,○,○,○,○,○,○,○及び○に対する多額の借財を抱えており,平成27年○月における申立人名義の預貯金口座からの支払額は合計73万9830円であった(なお,申立人は,FやIに対する借金も存在しこれに対する返済が平成27年○月に合計35万円に達している旨を主張するけれども〔平成27年○月○日付申立人準備書面(8)別紙返済状況一覧参照〕,両名に対する支払いが借金の返済であることについては一件記録上明らかでなく,認めるに足りない。)。(甲65,67,69)

ウ 申立人は,次表のとおり,参加人宛てに金員を振り込み,又は参加人を配送先と指定して物品を購入した(なお,申立人は,参加人の銀行口座に金員を振り込んだり,参加人のために申立人名義のクレジットカードを使用して買い物をしたりした合計金額が2860万0191円に上ると主張するが〔平成27年○月○日付申立人準備書面(8)別紙援助一覧参照〕,その根拠とする資料が,振込先が参加人とは異なる名義になっていたり〔甲54〕,誰からの入金であるか不明であったり〔枝番号を含む甲30{ただし,平成22年○月○日の入金100万円を除く。},50,62〕,誰のために費消されたものか不明である〔甲31,36,44,46,61〕などしており,申立人が参加人のために合計2860万0191円の金員を負担した事実を認めるには足りない。)。 

年月日     金額   摘要(購入品目等)    証拠 
平成20年○ \9,860  ペット用品          甲43 

         (中略)

平成27年○ \5,346  健康食品           甲59
合計    \2,249,912

(4) 相手方の経済状況等
 相手方は,株式会社K(資本金1億円)の代表取締役を務めている。株式会社Kは平成23年に経常利益率12.6%を記録するなどしている。(甲15,16)

(5) 当事者間の紛争経過
ア 申立人は,相手方に対し,平成25年○月○日,申立人が参加人に扶養名目で支払ってきた金員の半額を支払うこと及び参加人に扶養料相当額を支払うことを求めて,東京家庭裁判所に調停を申し立てた(東京家庭裁判所平成25年(家イ)第10018号扶養に関する処分調停事件。以下「本件調停」という。)。

イ 本件調停は,平成26年○月○日不成立となり,本件審判の手続に移行した。

2 検討
(1) まず,参加人が要扶養状態にあるかどうかを検討する。
ア 参加人は,上記認定事実のとおり,申立人が代表取締役を務めるJの監査役に就任しているけれども,監査役としての稼働実態があるとはうかがえず,名目上の監査役であると認められる。また,参加人の平成20年から平成24年までの課税証明書における所得金額はいずれも0円とされている。したがって,参加人は無職無収入であると認められる。
 この点につき,相手方は,参加人が所得隠しをしている可能性があると主張するが,憶測の域を出ず,採用できない。

イ このように,参加人は,現在,職に就いていないと認められるところ,その理由につき,参加人は,うつ病等による体調不良により稼働することができないためであると主張する。この点につき,H医師は,上記認定事実のとおり,参加人がうつ病のため仕事をすることは不可能であると判断する旨の診断書を作成しており,参加人の主張を根拠付けるかのようである。

 しかし,H医師の診断書には,「日常生活においても著しい支障を認め」としか書かれておらず,具体的にどのような支障があるかは明らかではなく,したがって,なぜ参加人が就労不可能であるかについての合理的な説明がされているとは認められない。

 加えて,H医師は,平成26年○月○日の診断書において,動物を飼育することは参加人の症状を回復するために必要と判断する旨を記載しているが,確立した医学的知見に基づく診断であるかは疑問である。また,参加人は,上記認定事実によれば,遅くとも平成20年○月頃から猫を飼育していると認められるところ,平成21年に医療機関を受診した際には問題となる所見は得られなかったのが,平成25年には自律神経失調症と診断され,平成26年にはうつ病と診断されるに至り,H医師の見解によれば就労不可能というほどの症状に陥っていることになるが,それは猫の飼育が参加人の症状回復に資するものとはなっていないことを意味することとなり,上記診断書の記載の疑わしさがうかがわれるところである。

 そうしてみると,H医師の診断書の記載に信用性を認めることは消極的にならざるを得ず,参加人がうつ病のため就労不可能であるとは認めることができない。

ウ そうすると,参加人には一定程度の潜在的な稼働能力があることは否定できないというべきである。もっとも,審理終結日(平成28年○月○日)現在66歳という年齢に加え,軽度とはいえ変形性脊椎症の症状が見られることや自律神経失調症等の診断を受けていることに照らすと,参加人の潜在的な稼働能力を年収で評価すると,50万円程度にとどまるものと考えられる。

 そして,参加人が○(1級地1)に所在する本件マンションに居住する単身者であることを踏まえて,生活保護基準額を算出すると,月額8万0480円となる(10円未満切り上げ,計算式①及び乙3参照。)。また,参加人が60歳に達するまでの生活保護基準額を,便宜上平成26年の基準に当てはめて算出すると,月額8万1440円となる(10円未満切り上げ,計算式②参照。)。
 【計算式①】
 (\37,150+\44,690)×1/3+(\38,990+\40,800)×2/3≒\27,280+\53,193=\80,473
 【計算式②】
 (\39,290+\44,690)×1/3+(\39,360+\40,800)×2/3≒\27,993+\53,440=\81,433

 そうすると,上記のとおりの参加人の潜在的な稼働能力の金銭的評価は,生活保護基準の定める額に満たないから,参加人は基準日の前後を通じて要扶養状態にあると認めてよい。

(2) 参加人が基準日以前から要扶養状態にあるとして,次に,申立人が参加人に援助してきたとする金銭の支払が扶養の趣旨であるといえるか,申立人の相手方に対する求償の申立(申立の趣旨2)の当否について検討する。
 申立人が参加人宛てに金員を振り込み,又は参加人を配送先と指定して物品を購入したと認められるのは,上記認定事実(3)ウの範囲にとどまる。

 そこで,これらの金員の振込や物品の購入が扶養の趣旨でされたものと認められるかを検討する。
 まず,物品の購入は,ペット用品,服飾品,電化製品,健康食品及び美容品であるところ,そのいずれについても,趣味ないし嗜好の範疇に属するものと考えられる(猫を飼育することが参加人の症状回復に資するものとはいえないことは先に述べたとおりである。)から,これらの購入が扶養の趣旨でされたものとは認めることができない。

 また,平成22年○月○日の100万円の振込入金については,扶養の趣旨でされたものと認めるに足りる資料は見当たらない。
 したがって,結局,申立人による参加人に対する金員の振込や物品の購入が扶養の趣旨でされたものとは認めることができない。
 よって,申立人の相手方に対する求償の申立(申立の趣旨2)は理由がないから,これを却下することとする。

(3) 次に,基準日後の参加人の扶養の在り方(申立の趣旨1)について検討する。
ア 上記(1)のとおり,参加人は基準日の前後を通じて要扶養状態にあると認められるところ,参加人の扶養料の額は,参加人の潜在的な稼働能力を金銭的に評価すると年収50万円程度と考えられること,生活保護基準額は月額8万0480円であることを踏まえ,月額8万円であると認めるのが相当である。

 この点につき,申立人は,参加人の生活には月額23万円が必要である旨を主張するけれども(平成26年○月○日付申立人準備書面(1)別紙家計の状況参照),その内訳は,食費6万円,電気代2万7491円,ガス代1万0370円,水道代1万0251円,猫えさ・砂5万円,日用品1万2000円,その他1万5000円などというものであり,独居者にかかる費用として高額に過ぎ(食費,水道光熱費),あるいは生活必需品の購入とは認め難い(猫えさ・砂,日用品,その他)から,申立人の主張は採用できない。

イ そこで,参加人の扶養料月額8万円の分担の在り方について検討する。
 直系血族及び兄弟姉妹は互いに扶養する義務を負い(民法877条1項),自己の生活に余裕がある場合に,その限度で,困窮に陥っている者の生活を援助する生活扶助義務を負うものである。そうであるところ,本件において,参加人の直系血族はおらず,兄弟姉妹として申立人,相手方及びFがいるのみである。

 そして,申立人は,Jからの役員報酬は月額約60万円であるのに対し,債務の支払が平成27年○月は合計73万9830円に上るなど,収入を上回る債務の支払をしなければならない状況にある。したがって,申立人には生活扶助義務としての参加人に対する扶養料の支払を負担する余力はないものと認められる。

 他方,Fについては,申立人によれば,居住する賃貸マンションの賃料を長男に負担してもらうなど,子に生活の面倒を見てもらっている状況であるとのことであるが(平成25年○月○日付扶養請求・親族関係調整調停申立書参照),これを認めるに足りる資料は見当たらない。また,相手方については,高い経常利益率を実現した株式会社の代表取締役を務めており,参加人の生活を援助することができないような経済的状況にあるとはうかがえない。そうすると,参加人の扶養料の支払は,相手方とFで月額4万円ずつ分担することとするのが相当である。

 したがって,相手方は,参加人に対し,扶養料として月額4万円を毎月末日限り支払うべきである。もっとも,その始期は基準日の翌日である平成27年○月○日であるから,同月分については半月分として2万円とすることとし,審判日時点において期限が到来している同年○月分,平成28年○月分及び同年○月分の3か月分12万円と合わせた14万円を,相手方は参加人に対し直ちに支払うべきである。

3 結論
 よって,主文のとおり審判する。
 平成28年3月25日
 東京家庭裁判所家事第2部
 (裁判官○)