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未成年者子(孫)から父方祖父母への扶養請求を却下した判例紹介

○「兄弟姉妹間の扶養義務内容程度について判断した東京高裁決定紹介」の続きで、今回は子と祖父母間の扶養義務についての昭和53年2月3日新潟家裁審判(家庭裁判月報30巻12号61頁)を紹介します。

○子(孫)と祖父母間の扶養義務全般については、「孫が祖父に扶養料請求が出来る場合とその程度」で「生活保持義務は夫婦間と親の未成熟子に対する扶養義務であり、その他の親族間の扶養義務は生活扶助義務と解されていますので、祖父母・孫間の扶養義務も生活扶助義務に留まると解すべきでしょう。」説明していました。

○未成年者子(孫)から父方祖父母への扶養請求についても考え方は、兄弟姉妹間と同様、扶養料支払義務を負うのは「扶助する経済的な余力がある者のみに限定」され、扶養料の額は「生活保護基準を目安として定めるのが相当」とされると思われます。

○昭和53年2月3日新潟家裁審判は、父が所在不明で母に生活余力がないため未成年子から父方祖父母に扶養料の支払いを求めた事案について、祖父母は孫に対し父母に次いで二次的な扶養義務を負担すると解すべきところ、申立人の父母には申立人を扶養する余力はないものと認められるが、祖父母においても収入額はその最低生活費を下回り、申立人に対する具体的扶養義務を果たし得ない以上、申立人は公的扶助に期待するほかはないとして申立てを却下しました。

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主   文
本件申立を却下する。
申立費用は申立人の負担とする。

理   由
第一 申立の要旨

 申立人は相手方両名に対し申立人の扶養料として、申立人が成人に達する月まで毎月金1万5、000円宛の支払を求めた。
 その理由は、「申立人は、申立人法定代理人親権者母のもとで養育されているが、同人に充分な収入がないうえ、申立人の父Aは所在不明の状態にあるので、同人の父母である相手方両名に対して扶養料の支払を求める」というにある。

第二 当裁判所の判断
一 本件資料と当庁昭和48年(家イ)第203号扶養料申立事件の記録によると、以下の事実が認められる。
1 申立人らの生活歴と本件申立に至る経緯
(一) 申立人は、昭和42年8月22日、父石山A(昭和16年12月8日生・高校卒、以下Aという)と本件代理人である母B(昭和10年5月9日生・高校卒、以下Bという)間の長女として生れた。AとBは、昭和41年10月ころ、挙式を経て東京都内で同棲を始め、申立人出生の直前に婚姻届を了した夫婦であり、同棲当初、Aは、00製品の原料製造会社の店員として、Bは、事務員としてそれぞれ働いていたが、間もなく、Aが以前からの怠け癖を出し、自ら正業に就くことを嫌い、専らBの収入に依存した生活を送るようになつたため、一家は、生計を維持することができなくなり、申立人出生直後の昭和42年9月、夫婦の郷里である新潟市に転居した。

(二) しかし、Aは、その後も相変わらず勤労意欲を欠き、定職に就かず、自らは転職と無為徒食の生活を重ねたため、一家は、帰郷直後からAの両親である相手方両名の許に寄寓することとなり、以後、夫婦の双方の実家からの援助に依存した生活を続けることとなつた。しかして、Aは、Bの両親(45万円)をはじめ、友人、知人から借金を重ねた末、昭和44年11月23日、Bらの反対を押し切つて、炭坑夫として働くと称して単身、北海道へ赴いたが、その後、戻らず、Bと申立人に対しては何らの送金・連絡を絶つたまま、現在に至つている。

(三) Bと申立人は、その後も相手方両名の許で生活を続けていたが、上記状態が長期に及ぶにつれて次第に負担を感ずるようになり、昭和45年3月末からは、Bの実家に寄寓し、現在に至つている。

(四) その後、Bは、申立人の立場を重んじ、同人とその祖父母である相手方両名間の交流を保つことを心掛ける一方、両名に申立人に対する扶養援助を求め、両名もAのBの両親に対する45万円の債務を昭和47年12月までの間に分割して立替弁済する一方、Bからの求めに応じて、昭和46年11月から申立人の保育園料の援助という形で毎月3、500円を支払つたり、申立人に対して被服等を買い与えたりもした。

(五) しかしながら、他面、相手方両名は、自らは、Aが戻ることによつて以前のように同人から依存されることを避けたいと願つていたこともあつて、昭和48年に入るころからはBに対してAとの離婚とBらの荷物の引取りを求めるようになつた。これに対し、Bは、専ら申立人の立場を重んじてAとの離婚を望まず、却つて、相手方両名に対しては、いわばAに代つての一層の援助を求めるようになつていつた。

(六) かくして、Bらと相手方両名の間にはいつしか対立的感情が生ずるようになつたが、昭和48年3月ころに至り、Bは、相手方両名に申立人の上記保育園料に対する援助の増額を求め、両名からこれを断られると、同年6月13日、申立人の法定代理人として、当裁判所に、相手方両名に対して申立人が成人に達するまでの間毎月1万円の扶養料の支払いを求める調停を申し立てた。そして、同調停手続〔当庁昭和48年(家イ)第203号扶養料申立事件〕において、同年7月27日、両者間には、「相手方両名は連帯して申立人に対し昭和48年8月から昭和51年7月までの間、毎月各6、000円の扶養料を支払うべき」旨の合意が成立した。

(七) 相手方両名は、その後、申立人に対して上記合意通りの扶養料を支払つたが、他面、相手方両名とBらの交流は、益々疎遠化していつた。そして、Bは、上記合意による扶養料の支払終期が近づいた昭和51年7月21日、再び申立人の法定代理人として、当裁判所に本件調停を求めた。しかして、同調停手続〔当庁昭和51年(家イ)第275号扶養料申立事件〕は、昭和52年6月27日、合意が成立する見込のないものとして、不成立で終了し、本件審判手続に移行した。なお、この間、Aは昭和47年と昭和50年中に相手方両名に対して旭川市内から金の無心などをしてきたのみで、Bに対しては前記の如く、相変らず何らの連絡もしていない。そして、同女は、本件調停を申し立てたころからAとの離婚を決意するに至つている。

2 本件関係者の現在の生活状況
(一) 申立人とB

 両名は、前記の如く、現在、Bの父母である西井C(74歳・小学校卒)・D(71歳位・小学校卒)、弟であるE努(39歳位・高校卒)と共に生活している。Cは、かつて00に勤めていたが、昭和43年に退職し、その後は00マンションの管理人として働いている。Eは、000製造の下請をし、Bもこれを手伝つている。Cは無職である。申立人は、現在小学校4年に在学している。
(1) 資産及び債務等
 一家の資産は、俊一が昭和38年ころ購入した現在の土地(約70坪)・家屋(約18坪)のほかにとりあげるべきものはなく、債務は、上記不動産購入代金の月賦が月4、000円あるほかにはない。

(2) 収入
 Cは、毎月、00から約10万円の年金を、上記勤務先から1万5、000円の手当をそれぞれ受給している。B(貧血症)とEは、いずれも病気勝ちで充分に働けないため、上記下請作業で毎月それぞれ約1万円を得るに過ぎない。Bは、その他、毎月1万9、500円(但し、昭和52年9月までは1万7、600円)の児童扶養手当を受給している。

(3) 支出
 申立人は、現在、剣道・珠算・習字の塾へ通つており、その月謝のみでも毎月、各2、000円を支出しており、同人の生活費は、毎月、合計3万円ないし4万円となる。そして、申立人を含む俊11家は、上記(2)の総収入を生活費として消費しているが、生活状態に余裕はない。

(二) 相手方両名らについて
 相手方石山Y1(明治44年9月20日生・高等小学校卒)・同Y2(大正3年2月11日生・高等女学校卒)は、現在、二男のF(昭和23年10月26日生・中学校卒)と共に生活している。前件調停時には、相手方Y1は00業を自営し(月収約4万円)、相手方Y2は000店に勤めていた(月収約3万2、000円)が共に高齢に入り、相手方Y1は、痔核等を、相手方Y2は、動脈硬化性心不全・内臓下垂症等をそれぞれ患うようになり、前者は、昭和51年9月、廃業し、後者は、昭和50年6月退職した。そして、勝のみが前件調停時から引続き000000として勤め、一家の生計を支えている。
(1) 資産及び債務等
 一家の資産は、相手方Y1が昭和25年ころ約5万円で購入した現在の土地(約20坪)・家屋(二階建・床面積約25坪、建築後60年以上を経過)のほかにとりあげるべきものはなく、債務はない。

(2) 収入
 本件申立のなされた昭和51年7月ころは、相手方Y1の収入は、廃業直前にあつて、一か月1万円~2万円程度に過ぎず、また、相手方Y2は、上記の如く、既に退職して無収入となつていた。その後、相手方Y1は、国民年金を、相手方Y2は、通算老齢年金を受給することとなり、前者は、昭和51年11月に4万1、666円、昭和52年3月・6月・9月に各6万2、500円を、後者は昭和51年11月に23万6、300円をそれぞれ受給した。勝の毎月の支給総額は約12万円で、同人は、これから税・社会保険料等を差引かれた約9万円を受給し、そのうち約5万円を相手方らに生活費として渡している。

(3) 支出
 相手方ら一家は、上記(2)の総収入で一応生計を維持してはいるものの、その生活状態に余裕はなく、相手方両名は、他家に嫁した長女アツ子らからも小遣いを援助される状況にある。

(三) Aについて
 同人の現在の生活状況を定かに認め得る資料はないが、これまでの同人の相手方Y2らに対する音信による限り、以前の生活態度はその後も改まらず、負債に追われた生活を過している様子が窺われる。

二 そこで、前記一に認定した事実に基づいて、本件扶養料について検討する。
1 本件における申立人と相手方両名の関係

 前記事実によると、申立人とA、B及び相手方両名はいずれも互いに直系血族にある者として、扶養の権利・義務関係を有するが、申立人と相手方両名の同関係は、互いに父母であるAとB、あるいは子のAによつて果し得ない部分が存する場合に限つて相手方に扶養を求め得る、いわば二次的なものである。

2 本件関係者の収入と生活費
 前記一の2の事実によれば、本件申立後、現在に至るまでの申立人・B・相手方両名の各収入額は、以下のとおりであり、いずれも事実上、他の共同生活者から生活費の援助を受けていることとなる。
(一) 申立人
 申立人には、固有の収入はないが、母親のBが受給している前記一の2の(一)の児童扶養手当を実質的に申立人の収入とみなしたとしても、昭和51年中は毎月1万7、000円余り、昭和52年中は、毎月1万7、000円余り~1万9、000円余りに過ぎないことになる。

(二) B
 同人の昭和51・52年中の各収入は、上記児童扶養手当を除くと、前記一の2の(一)のとおり、弟(努)の仕事を手伝つて得る、毎月約1万円に過ぎないこととなり、同人の現在の健康状態等に照らすと、今後収入が大幅に増えることを期待し得ない。

(三) 相手方両名
 前記一の2の(二)の事実によると、両名の総収入については、昭和51年中は、相手方Y1の事業所得(多くとも18万円)・国民年金(4万1、666円)と同Y2の通算老齢年金(23万六,300円)を合わせた、多くとも45万7、966円(平均月額3万8、163円)であり、また、昭和52年中は、相手方Y1の国民年金(6万2、500円の四回分の合計が25万円)と同Y2の通算老齢年金(23万6、300円)を合わせた48万6、300円(平均月額4万525円であり、更に今後の両名の収入についても上記両年金のほかに期待し得ない。

(四) A
 同人の収入及び生活状況を知り得ないことは、前記一の2の(三)のとおりである。

3 本件関係者の各最低生活費
 Aを除く本件関係者について、昭和51年7月(本件申立時)と昭和52年10月の両基準時における労研方式による最低生活費と生活保護基準方式による生活費を求めると、別表記載のとおりとなる。これによると、いずれも生活保護基準方式による額が、労研方式による額を上回わることとなるが、生活保護法4条の趣旨に鑑みると、生活保護基準に基づく生活費は、最低生活費と解するのが相当であるので、本件においても上記生活保護基準方式による生活費をもつて各人の最低生活費として考えることとする。

4 相手方両名の申立人に対する具体的扶養義務
(一) 上記2、3の事実によると、申立人の収入額は、同人の最低生活さえ維持するに不足しているのであるから、当然、他から生活費の援助を必要とする状態にあると認められるところ、同人に対して第一次的な扶養義務を負うAとBについてみるに、前者は、前記一の如く、所在不明の状態にあつて、現実に同人からの援助を期待することはできず、また、後者の状況は、その収入額が自己の最低生活費を下回ることから、同人には他を援助し得る余力がないものと認められる。

(二) しかして、申立人に対する第二次的扶養義務者たるべき相手方両名の状況も、上記2、3の事実によると、その収入額が両名の最低生活費を下回ることから、他を援助し得る余力がないものと認められる。

(三) したがつて、相手方両名には現在、申立人に対する具体的扶養義務を課し得ないというべきであり、本件申立人の場合は、公的扶助に期待するほかない。

三 以上によれば、相手方両名に対して扶養料の支払を求めた本件申立は、失当というべきである。

第三 よつて、本件申立を却下することとし、主文のとおり審判する。
(家事審判官 岩垂正起)

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