小松法律事務所

相続不動産取得時効成立関係昭和47年9月8日最高裁判決控訴審判決紹介


○「相続不動産取得時効成立関係昭和47年9月8日最高裁判決第一審判決紹介」の続きで、その控訴審である昭和44年11月8日東京高等裁判所(判時578号53頁、判タ246号294頁)全文を紹介します。

○Aの死亡によって、遺産相続が開始され、控訴人の父Bと被控訴人らが本件不動産を共同相続したが、Bが単独で本件不動産全部の占有を始め、その後、Bから控訴人に本件不動産が譲渡され、引渡しをうけてその占有を承継したという状況で、控訴人が、時効によって本件不動産の単独所有権を取得したと主張しました。

○被控訴人らに対し、所有権移転登記手続を求めたところ、第一審昭和43年12月16日浦和地裁判決(最高裁判所民事判例集26巻7号1356頁)では請求が棄却されました。そのため控訴人が控訴した事案で、共同相続人の一人が単独相続をしたものとして相続財産を現実に占有し、その管理、使用を独断専行してその収益を独占し、自己のみの名において公租公課を納付しているような場合には、その相続人は相続財産を単独相続したものとしてこれを自主占有するものとするに妨げないと解すべきであるとして、原判決を取消し、控訴人の本訴請求を認容し、被控訴人らの反訴請求を棄却しました。

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主   文
原判決を取消す。
被控訴人らは控訴人に対し、別紙目録記載の土地につき時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
被控訴人Y1、同Y2、同Y3の反訴請求を棄却する。
訴訟費用中、本訴の分は被控訴人らの、反訴の分は被控訴人Y1、同Y2、同Y3の負担とする。

事   実
控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠の関係は、控訴代理人において、「占有権は相続によつて相続人に移転するということはない。蓋し、占有は物を排他的に支配している事実的状態であつて相続の対象たる権利ではないからである。従つて、Aの死亡によつて亡C及び被控訴人Y1、同Y2、同Y3がAの別紙目録記載の不動産(以下、本件不動産という)について有していた占有権を相続するということはあり得ない。」と述べたほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理   由
一、本件不動産が元Aの所有であるところ、昭和15年12月28日同人の死亡によつて遺産相続が開始し、控訴人主張の続柄にあるB、C、被控訴人Y1、同Y2、同Y3が本件不動産を別表記載の持分割合によつて共同相続し、次いでCが昭和18年2月1日死亡して遺産相続が開始し、その子である被控訴人Y4、同継子Y5、同Y6、同Y7、同Y8がその共有持分を共同相続したこと及び被控訴人らの本件不動産に対する共有持分の割合が別表記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

二、しかるところ、控訴人は時効によつて本件不動産の単独所有権を取得したと主張するので次にこの点について判断する。
公文書の部分につき成立に争いがなく、その余の部分は弁論の全趣旨により成立を認める甲第1、第4号証、弁論の全趣旨により成立を認める同第3、第5号証、原審における証人B、同G、同Hの各証言並びに控訴人及び被控訴人Y1、同Y2、同Y3各本人尋問の結果を綜合すれば、控訴人の前主Bは林家の戸主であつたが、A死亡当時家督相続制度が施行されていた関係もあつて家族であるAの死亡による相続が共同遺産相続であることに想到せず、本件土地は戸主たる自己が単独で相続したものと誤信し、控訴人主張のような方法で自己の単独所有物として占有使用し、その収益はすべて自己の手に収め、他方地租も自己名義で納入してきたこと,その後、昭和30年初頃Bは、その長男たる控訴人に本件土地を贈与して引渡し、爾後、控訴人においてB同様、自己の単独所有物として占有、所有してきたこと、他方、亡C、被控訴人Y1、同Y2、同Y3ら、Aの遺産相続人は自己が本件土地を共同相続した事実を知らず、従つて、B及び控訴人が単独でこれを占有し、使用収益していることについてなんらの関心も寄せず、勿論異議も述べなかつたこと等の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。

思うに、共同相続人の1人のみが相続財産につき現実の占有をしているからといつて、その全部につき自主占有をするものではないと解すべきである。この場合、共同相続人の一人がその相続分につき自主占有を有することは疑がなく、相続分は一の観念的分量にすぎないから、占有の観点からは相続財産全部につき自主占有を有するともいえそうであるが、他の共同相続人との関係においてはその権原の性質上その者の相続分につきその者のために占有するものというのほかなく、その限りにおいてその占有は他主占有と認めざるをえないのである。

それ故に、共同相続人の一人が相続財産全部につき自主占有をするというがためには、他の共同相続人の相続分についても自主占有をなしうる本件を取得するか(外観上で足り、その取得の有効無効に関係がない)、またはその者に対し自主占有をなすべき旨の意思を表示しなければならないのであつて(民法第185条)、この点に関する被控訴人の見解はもとより正当として是認すべきである。

しかしながら、翻つて考えるに、相続は占有の態様を変更すべき新権原というをえないにせよ、本権の承継を伴う意味において新権原に近く、しかも、相続が単独相続であるか共同相続であるか明らかでない場合も稀ではなく(被相続人に婚姻外の子があるような場合に考えられよう)、共同相続人の一人が単独相続をしたものと誤信することもありうるから、共同相続人の一人が単独相続をしたものとして相続財産を現実に占有し、その管理、使用を独断専行してその収益を独占し、自己のみの名において公租公課を納付しているような場合には、その相続人は相続財産を単独相続したものとしてこれを自主占有するものとするに妨げないと解すべきである。

もとより、共同相続人の1人が相続財産を単独で占有管理し、その収益を収め、自己の名において公租公課を納付している場合でも、通常の場合は他の共同相続人のために事務管理としてしているのであつて、これにより直ちに他の共同相続人の相続分につき自主占有をするものとは認めがたいであろう。しかし、共同相続人の1人が相続財産の使用収益を独断専行してその効果を他の共同相続人に帰せしめず、自己の名において公租公課を納付しながら、他の共同相続人に対してその償還を求めないような場合は、むしろ相続財産を単独相続したものとしてその自主占有を始めたもの、またはその外観上他の共同相続人に対し黙示的に自主占有の意思を表示したものと解するを妥当と考える。

ところで、本件において、控訴人の前主Bは本件不動産を単独相続したものと誤信し、単独で占有使用してその収益を自らの手中に収める一方その公租公課も自己の名において納付し、同人より本件不動産の贈与を受けた控訴人ももとよりこれを自己の所有として使用収益してきたものであり、これに対し被控訴人らにおいてはなんら異議を述べることなく経過してきたことは前段認定のとおりであるから、Bしたがつてまた控訴人も本件不動産につき自主占有を取得したものと認むべきことは、前段に縷述した理由により明白であるといわなければならない。そして、Bの右の占有が平穏公然に始められたことは疑がないから、同人が占有を始めた昭和15年12月28日の翌日から20年を経過した昭和35年12月28日の満了とともに時効により被控訴人らの相続分を取得したものといういうべきである。

三、しからば、被控訴人らは本件不動産につき相続登記の上控訴人に対し昭和35年12月28日の経過による時効取得を原因とする所有権移転登記手続をする義務があるから、被控訴人らに対しその登記を求める控訴人の本訴請求は正当としてこれを認容すべく、また、被控訴人Y1、同Y2、同Y3は本件不動産の共有持分を喪失したものというべきであるからこれを有することを前提とする同被控訴人らの反訴請求は排斥を免れない。
よつて、以上と判断を異にする原判決は不当としてこれを取消すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第96条、第89条、第93条を適用して注文のとおり判決する。
(昭和44年11月8日 東京高等裁判所第12民事部)

別紙
     目録
(イ)○○市○○一丁目1、361番
1、山林 333、88平方メートル(三畝11歩)
(ロ)、同所1365番
1、宅地333、88平方メートル(101坪)
(ハ)、同所二丁目182番
1、山林 1、061、15平方メートル(一反21歩)
(ニ)、同所二丁目187番
1、山林 727、27平方メートル(七畝10歩)
別紙 (遺産相続に因る共有持分表)