小松法律事務所

再転相続人の熟慮期間起算日を財産認識時とした地裁判決紹介


○訴外M銀行から金銭消費貸借契約に基づく貸金債権等の債権譲渡を受けて債権者となった被告が、訴外M銀行を債権者、連帯保証人Aを債務者とする確定判決について、同人の法定相続人である原告らに対する承継執行文の付与を受け、原告らの不動産に強制執行をしてきたのにたいし、原告らは相続放棄をしたことを理由として、執行文付与に対する異議の申立てを提起しました。

○事案は以下の通りです。
・平成24年6月30日、Aが死去し、配偶者C、子D・Eの3名が法定相続人(第1次相続)
・平成24年9月26日、D・E相続放棄の申述,同月28日受理、Aの兄弟姉妹Bが法定相続人となった
・原告X1は,A及びその家族と親戚付き合いがなく,Aの死亡及び相続の開始について,Aの家族から直接連絡を受けたことはなかった。また,Aの死亡当時,Bのその余の兄弟姉妹とも親戚付き合いはなかった
・平成24年10月19日、Bは死去、Bの葬式は家族葬(第2次相続)
・原告X2は,Bの死亡後,認知症が進行、娘である原告X1も,原告X2が開けないと中には入れない状況
・原告X1は,Bの死亡後もほぼ毎日,安否確認のために原告X2の自宅を訪れていたものの,原告X2とはまともな会話は成立し難い状態
・平成25年2月6日までの間に、原告X2は,Aの妻のCから,Aの死亡及びAの相続の件で連絡を受け,Aに連帯保証債務があったことも聞いたが,連絡を受けて3か月以内に相続放棄の手続はしなかった
・原告X1は,Cから直接連絡を受けたことはなく,原告X2からも,原告らがAの相続人となったこと及びAに多額の連帯保証債務があることについて聞いたことはなかった
・平成27年11月11日、原告X1は,本件債務名義(確定判決正本),本件各承継執行文謄本及び証明書謄本の送達を受けたことで,自己がAの相続人となっていること、Aには多額の連帯保証債務があることを知った
・平成28年2月5日、原告X1は,原告X2及びRと共に本件相続放棄をし、執行分付与に対する異議申立


○この事案について、いわゆる再転相続人に第1次相続(被相続人A)の開始又は第1次被相続人の相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情がある場合には、再転相続人が第1次被相続人の相続財産の一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべかりし時から熟慮期間を起算するのが相当と示し、原告X1は、相続放棄によって、Aの相続人であるとは認められず、その請求には理由があるとして、原告X1による執行文付与に対する異議の申立てを認容した平成29年10月18日大阪地裁判決(金融・商事判例1581号18頁)理由部分を紹介します。

○再転相続とは、ある相続(一次相続)の相続人が熟慮期間中に相続の放棄または承認をする前に死亡(二次相続)したケースにおける二次相続の相続人による一次相続の相続のことをいいますが、本件では、Aの相続について、相続人Xらが再転相続人になります。判決は、再転相続人に第1次相続の開始又は第1次被相続人の相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情がある場合には,再転相続人が第1次被相続人の相続財産の一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべかりし時から熟慮期間を起算するのが相当として、X1の相続放棄を認めました。

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主   文
1 大阪地方裁判所書記官が平成27年11月2日に執行文を付与した株式会社M銀行とAとの間の大阪地方裁判所平成23年(ワ)第2216号判決正本に基づく被告の原告X1に対する強制執行はこれを許さない。
2 原告X2の請求を棄却する。
3 本件について大阪地方裁判所が平成28年2月26日にした強制執行停止決定(平成28年(モ)第258号)のうち,原告X1に関する部分を認可し,原告X2に関する部分を取り消す。
4 訴訟費用は,原告X1に生じた費用の全部と被告に生じた費用の2分の1を被告の負担とし,原告X2に生じた費用の全部と被告に生じた費用の2分の1を原告X2の負担とする。
5 この判決は,第3項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求

 大阪地方裁判所書記官が平成27年11月2日に執行文を付与した株式会社M銀行とAとの間の大阪地方裁判所平成23年(ワ)第2216号判決正本に基づく被告の原告らに対する強制執行はこれを許さない。

第2 事案の概要
1 訴訟物等

 本件は,訴外株式会社M銀行(以下「訴外M銀行」という。)から金銭消費貸借契約に基づく貸金債権等の債権譲渡を受けて債権者となった被告が,訴外M銀行を債権者,連帯保証人A(以下「A」という。)を債務者とする確定判決について,同人の法定相続人である原告らに対する承継執行文の付与を受け,原告らの不動産に強制執行したのに対し,原告らが相続放棄をしたことを理由として,執行文付与に対する異議の申立てを提起した事案である。

2 前提事実(当事者間に争いがない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)

         (中略)


第3 当裁判所の判断
1 再転相続人の熟慮期間についての法解釈

(1)民法916条の規定は,第1次相続につき,第1次相続人が承認又は放棄をしないで死亡した場合には,その法定相続人である再転相続人(第2次相続人)のために、第1次被相続人の相続についての熟慮期間を第2次被相続人(第1次相続人)の相続についての熟慮期間と同一にまで延長し,第1次相続につき必要な熟慮期間を付与する趣旨でもうけられた規定であるところ,その文書上,再転相続人の第1次相続に係る熟慮期間の起算点は,再転相続人が自己のために第2次相続における相続の開始があったことを知った時点であると解される。

(2)もっとも,民法915条1項本文の熟慮期間は,原則として,相続人が相続開始の事実及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知った時から起算すべきものであるが,これについては,例外的に,相続人が上記各事実を知った場合であっても,上記各事実を知った時から3か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかったのが,被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり,かつ,被相続人の生活歴,被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって,相続人において上記のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには,熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解される(最高裁昭和59年4月27日第二小法廷判決・民集38巻6号698頁参照)。 

 そして,再転相続人は,再転相続人そのものの地位に基づいて,第1次相続につき承認又は放棄をすることが認められている(最高裁昭和63年6月21日第三小法廷判決・家月41巻9号101頁)のであるから,再転相続人においても,上記同様,第1次被相続人の相続財産の調査を期待することが著しく困難である等の事情があるような場合において,熟慮期間の起算点につき,例外が認められるべきであって,他の第1次相続人との間で差異をもうけて,不利益な扱いをすべき理由はない。

(3)そうすると,再転相続人が,自己のために第2次相続が開始したことを知った時から3か月以内に第1次相続に関して相続放棄をしなかったのが,第1次被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり,かつ,このように信じるについて相当な理由がある場合には,再転相続人が第1次被相続人の相続財産の一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべかりし時から起算するのが相当であり,さらには,再転相続人が,熟慮期間内に第1次相続の開始についてすら認識せず,かつ,そのように信じるについて相当な理由がある場合についても,同様に例外を認めるのが相当である。けだし,再転相続の実態に照らし,第1次相続について何も相続財産がないと信じた場合と,第1次相続の開始すら知らなかった場合とを区別すべき実益はないからである。

 したがって,再転相続人に第1次相続の開始又は第1次被相続人の相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情がある場合には,再転相続人が第1次被相続人の相続財産の一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべかりし時から熟慮期間を起算するのが相当である。


2 本件相続放棄の有効性
(1)認定事実

ア 前記第2の2(前提事実)と後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(ア)Aは,平成24年6月30日に死亡し,配偶者であるC子であるD及びEの3名が法定相続人となったが,D及びEは,平成24年9月26日,相続放棄の申述をし,同月28日に受理されたことにより,Aの兄弟姉妹の一人であるBが法定相続人となった。原告X1は,A及びその家族と親戚付き合いがなく,Aの死亡及び相続の開始について,Aの家族から直接連絡を受けたことはなかった。また,Aの死亡当時,Bのその余の兄弟姉妹とも親戚付き合いはなかった。(原告X1本人)

(イ)Bは,自宅(原告X2の肩書住所地)で介護されていたところ,平成24年10月19日に死亡した。Bの葬式は家族葬であった。(甲8)

(ウ)原告X2は,Bの死亡後,認知症が進行し,自宅に盗聴器が仕掛けられているとか,現金や通帳が盗まれるなどといった被害妄想が出現し,庭の柵にチェーンをかけ,娘である原告X1も,原告X2が開けないと中には入れない状況となった。原告X1は,Bの死亡後もほぼ毎日,安否確認のために原告X2の自宅を訪れていたものの,原告X2は,思い込んだことを一方的に話すばかりでまともな会話は成立し難い状態であった。(甲8,9,原告X1)

(エ)原告X2は,平成25年2月6日までの間に,Aの妻のCから,Aの死亡及びAの相続の件で連絡を受け,Aに連帯保証債務があったことも聞いたが,連絡を受けて3か月以内に相続放棄の手続はしなかった。原告X1は,Cから直接連絡を受けたことはなく,原告X2からも,原告らがAの相続人となったこと及びAに多額の連帯保証債務があることについて聞いたことはなかった。(乙3,原告X1)

(オ)原告X1は,平成27年11月11日,本件債務名義(確定判決正本),本件各承継執行文謄本及び証明書謄本の送達を受けたことで,自己がAの相続人となっているばかりか,Aには多額の連帯保証債務があることを知った(原告X1本人)。

(カ)原告X1は,原告X2及びRと共に,平成28年2月5日,本件相続放棄をした。

イ 事実認定(前記ア(エ)(オ))の補足説明
 被告は,Aの妻であるCは,遅くとも平成24年11月上旬には,原告X1を含むAの相続人らに対して,Aの相続に関して連絡をしていたと主張する。

 しかし,原告X1は,A及びその家族と交流はなく,Aの死亡について直接連絡を受けることはなかったというのであり,本件債務名義等の送達までの間,原告X2から以外には,Aの相続について聞き及ぶ機会はなかったものと考えられる。原告X1は原告X2の近隣に住んでいるものの,前記ア(ウ)のとおり,原告X2との間で意思の疎通が難しい状態であったことに鑑みれば,この事実のみをもって,原告X1が,原告X2からAの相続について聞いていたものとは推認することはできない。

そして,実際にも,原告X2は,平成25年2月6日までにCからAの相続やAの債務について聞きながら,その熟慮期間内に相続放棄の手続をしておらず,Aの相続について放棄しなければその連帯保証債務を相続することになると十分認識していなかったと考えられること,原告X1は,原告X2からAの相続やAの債務について聞いていたのであれば,原告らについて相続放棄の手続をとったであろうと考えられることからすれば,少なくとも,原告X2は,原告X1に対し,原告らがAの相続人となったこと及びAには多額の連帯保証債務があったことについて話したことはなかったものと認めるのが相当である。

 したがって,原告X1がAの相続開始及び相続財産の一部の存在を認識した時は,平成27年11月11日に本件債務名義等の送達を受けた時というべきである。

(2)検討
 上記(1)の認定事実を前提として,原告X1の熟慮期間の起算点について,以下,検討する。
 原告X1は,平成24年10月19日,Bの死亡及びBについて相続が発生したことについて認識したのであるから,Aの相続に係る熟慮期間も,原則として同日から起算されることとなる。
 しかし,原告X1は,上記熟慮期間内にAの相続が開始したことについてすら認識していなかったのであり,原告X1とA及びその家族との間には親戚付き合いがなく,Cから直接Aの相続に関して連絡を受けたこともなかったこと,原告X2からもAの相続及び債務について聞くことは現実的に難しい状況であったことからすれば,原告X1がAの相続の開始について知らなかったことには相当の理由がある。

 したがって,原告X1のAの相続に係る熟慮期間は,本件債務名義等の送達を受けた平成27年11月11日から起算される。そして,原告X1は,平成28年2月5日,相続放棄を行っているから,熟慮期間内に相続放棄をしたものと認められる。


3 結論
 よって,原告X1はAの相続人であるとは認められず,その請求は理由があるから認容することとし,他方,原告X2はAの相続人であることを争わず,その請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(大阪地方裁判所第17民事部)

別紙
(別紙)物件目録
1 所在   新発田市▲▲町▲丁目
  地番   ▲▲▲番▲
  地目   宅地
  地積   ▲▲▲.▲▲平方メートル
2 所在   新発田市▲▲町▲丁目▲▲▲番地▲
  家屋番号 ▲▲▲番▲
  種類   居宅
  構造   木造セメント瓦葺平家建
  床面積  ▲▲▲.▲▲平方メートル
以上