小松法律事務所

生命保険金持ち戻しは一律否認せずケースバイケースで柔軟に考えるべき


○生命保険金を特別受益として持ち戻しの対象とするかどうかの判例を紹介してきました。私が担当している遺産分割事件で、相続人の内複数の方が生命保険金を受領し、その金額が遺産総額の一定割合を占めているため、これを特別受益として持ち戻しの対象とするかどうかの検討が必要だったからです。最終的には受領保険金額の一定割合を特別受益として持ち戻しの対象として分割協議を成立させました。生命保険金を受領していない相続人の不公平感が大きかったからです。

○生命保険金は受取人が固有の権利として原始取得する財産であるから特別受益とは認められないとされています。しかし、相続人の中で生命保険金受領者が居る場合、未受領者との間に不公平感があり、平成16年10月29日最高裁判決も、保険金自体は特別受益には当たらないが,民法903条の立法趣旨に照らし,相続人間の公平を著しく害する特段の事情のある場合は,例外的に特別受益に準じたものとして持戻しを肯定する余地を認めたました。

○民法903条の特別受益の制度趣旨は相続人間の実質的公平を図るものであり、特別受益について被相続人の持戻し免除の意思表示がある場合を除き,当該相続人の具体的相続分は特別受益を持戻したうえで相続割合を検討するのが原則です。生命保険金は理屈では相続財産ではありませんが、被相続人が保険契約を締結し保険料を負担したことにより特定の相続人が保険金を取得することから,特別受益に準じた扱いを肯定するかどうか見解の対立がありました。

○従来の通説は「受取人の指定」を贈与等と実質的に同視して考え,生命保険金について民法903条類推適用を肯定或いは原則として肯定したものがありました(鈴木禄弥・相続法講義〔改訂版〕46頁,遠藤浩「相続財産の範囲」中川善之助教授還暦記念・家族法大系(6)相続(1)180頁,松原正明「生命保険金・死亡退職金・遺族給付」梶村太市=雨宮則夫編・現代裁判法大系(11)140頁等)。一時払い養老保険に基づく死亡保険金は貯蓄的要素が強いとして,当然に特別受益とする見解もありました(司法研修所編・遺産分割事件の処理をめぐる諸問題262頁)

○判例は被相続人が保険契約者として,共同相続人のうち特定の相続人を死亡保険金の受取人とする保険契約による生命保険金は遺産ではなく受取人の固有の財産としていましたが、平成16年最高裁判決までは、保険金について持戻しの対象になるか否かについて,下級審では見解が多岐に分かれていたようです。

○平成16年最高裁判決は、「保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間で生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認できないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情がある場合には,同条の類推適用により,当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象」になると判示しましたが、この「共同相続人間の到底是認できないほどに著しい不公平があると評価できる特段の事情」について、明確な基準が示されませんでした。

○また、生命保険金を特別受益と認めたとしても、その持ち戻しの範囲については、最高裁の判断は見当たらず、従来の見解は,
①保険金説,
②死亡時解約返戻金説,
③満期までの支払い予定保険料のうち被相続人の支払った保険料の割合を保険金額に乗じた額とする説,
④被相続人の支払済み保険料説
などがありました。

○下級審の判例でも、持ち戻しの範囲について、①説は相当あり、③説は昭和51年11月25日大阪家裁審判(家庭裁判月報29巻6号27頁)があります。②・④説は、現在、探しているところですが、まだ見当たりません。いずれにしても生命保険金は遺産ではないので、一切、特別受益の対象にならないと杓子定規に考えるのではなく、ケースバイケースで柔軟に考えるべきでしょう。