小松法律事務所

大学院の学費・留学費用等が特別受益と認められなかった高裁決定


○被相続人と相手方Y2との間の子である原審申立人が、同じく被相続人と相手方Y2との間の子である抗告人、被相続人の妻である相手方Y2及び被相続人と前妻との間の子である相手方Y3に対し、被相続人の遺産の分割を求めて申し立てた調停が不成立で終了したため、審判手続に移行して審理されました。

○原審は、原審申立人の特別受益を407万3560円、抗告人の特別受益を178万9898円と認め、分割方法として、B株式会社の株式については、原審申立人が1万1200株、相手方Y2が3600株、抗告人が1200株を単独取得し、その他の遺産については、不動産(同A1)、自動車(同E1)及び借地権(同E4)を相手方Y2が、預貯金(同B1ないしB4)及び時計(同E7)を抗告人が、時計(同E5及びE6)を原審申立人がそれぞれ単独取得し、原審申立人は代償金として、相手方Y2に2067万0346円、抗告人に26万4914円、相手方Y3に2277万1950円をそれぞれ原審判確定の日から2か月以内に支払うよう命ずる旨の審判をしました。

○抗告人が即時抗告をした事案で、抗告人は、抗告人がBの経営を引き継ぐべきであり、原審申立人に同社の株式の相当数を単独取得させるのは不相当である旨主張するが、抗告人は、Bの株式800株を保有しているものの、同社の経営に携わったことはなく、被相続人が、抗告人が同社の運営を引き継ぐことを望んでいたことを認めるに足りる的確な資料はなく、また抗告人が原審申立人よりも同社の経営者として適格があると認めるに足りる資料もないなどとして、抗告人の主張をいずれも斥け、本件抗告を棄却した令和元年5月17日名古屋高裁決定(判時2445号35頁)を紹介します。

○大学院の学費・留学費用等が特別受益になるかどうかについては、被相続人の生前の資産状況、社会的地位に照らし、被相続人の子である相続人に高等教育を受けさせることが扶養の一部であると認められる場合には、特別受益には当たらないとしているところが注目です。

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主   文
1 本件抗告を棄却する。
2 抗告費用は抗告人の負担とする。

理   由
第1 抗告の趣旨及び理由

 抗告人の本件抗告の趣旨は、「原審判を取り消す。被相続人の遺産について相当な分割をする。」というものであり、その理由は、別紙「抗告状」の「抗告の理由」、「抗告理由書」《略》及び「第1主張書面」《略》(いずれも写し)に記載するとおりであり、これに対する原審申立人の主張は別紙「相手方X主張書面(1)」《略》(写し)に記載するとおりである。

第2 事案の概要
 本件は、被相続人と相手方Y2との間の子である原審申立人が、同じく被相続人と相手方Y2との間の子である抗告人、被相続人の妻である相手方Y2及び被相続人と前妻との間の子である相手方Y3に対し、被相続人の遺産の分割を求めて申し立てた調停が不成立で終了し、審判手続に移行して審理された事案である。

 原審は、原審申立人の特別受益を407万3560円、抗告人の特別受益を178万9898円と認め、分割方法として、B株式会社の株式(原判決別紙遺産目録記載C2)については、原審申立人が1万1200株、相手方Y2が3600株、抗告人が1200株を単独取得し、その他の遺産については、不動産(同A1)、自動車(同E1)及び借地権(同E4)を相手方Y2が、預貯金(同B1ないしB4)及び時計(同E7)を抗告人が、時計(同E5及びE6)を原審申立人がそれぞれ単独取得し、原審申立人は代償金として、相手方Y2に2067万0346円、抗告人に26万4914円、相手方Y3に2277万1950円をそれぞれ原審判確定の日から2か月以内に支払うよう命ずる旨の審判をしたところ、抗告人が即時抗告をした。

第3 当裁判所の判断
1 当裁判所の事実認定及び判断
は、次のとおり補正し、2のとおり抗告理由に対する判断を加えるほかは、原審判の「理由」に記載するとおりであるから、これを引用する。
(1)原審判5頁15行目の「相手方Y1により」を「抗告人が」に改める。

(2)同5頁22行目冒頭から同6頁7行目末尾までを次のとおり改める。
 「確かに、相手方Y2が随時に記録していたことがうかがわれる家計簿の平成15年5月の原審申立人及び抗告人に係る支出を示と推測される「x y1」の欄には「アメリカ、107000$」との記載がある。当時、抗告人はアメリカで仕事をしており、訴訟問題を抱えていたこと、他方、原審申立人は夫と婚姻しておらず、原審申立人自身がアメリカに在住していたわけでもないことが認められる。しかし、他に10万7000ドルが抗告人に送金されたことを示す資料はなく、上記家計簿の記載と当時の事情のみによって、抗告人の特別受益を認めることはできない。」

(3)同6頁9行目から10行目の「(Z5・フェアディZ。Z6・カローラ、後にブルーバードと訂正)」の次に「を贈与した」と加える。

(4)同15頁16行目の「相手方Y1は」から21行目末尾までを次のとおり改める。
 「C2の株式の取得に関して代償金としての支払可能額は、抗告人が約3000万円であるのに対し、原審申立人は5088万円であることが認められる。」

(5)同18頁13行目の冒頭から末尾までを削除する。

2 抗告理由に対する判断
(1)原審申立人の特別受益について

 抗告人は、原審申立人の2年間の大学院生活や、その後の10年間に及ぶ海外留学生活に対する被相続人の費用負担は、同じく被相続人の子である抗告人に対する学費等の費用負担と著しく均衡を失するものであり、当時の社会通念上も異例なものであるから、上記大学院の学費、留学費用は特別受益として考慮されるべきである旨主張する。

 しかし、学費、留学費用等の教育費については、被相続人の生前の資産状況、社会的地位に照らし、被相続人の子である相続人に高等教育を受けさせることが扶養の一部であると認められる場合には、特別受益には当たらないと解するのが相当である。そして、被相続人一家は教育水準が高く、その能力に応じて高度の教育を受けることが特別なことではなかったこと、原審申立人が学者、通訳者又は翻訳者として成長するために相当な時間と費用を費やすことを被相続人が許容していたこと、原審申立人が、自発的に被相続人に相当額を返還していると認められること、被相続人が、原審申立人に対して、援助した費用の清算や返済を求めるなどした形跡はないことは、原審判の「理由」中の第3の3(1)で認定・説示するとおりである。

 また、被相続人は、生前、経済的に余裕があり、抗告人や抗告人の妻に対しても、高額な時計を譲り渡したり、宝飾品や金銭を贈与したりしていたこと、抗告人も一橋大学に進学し、在学期間中に短期留学していること、被相続人が支出した大学院の学費や留学費用の額、被相続人の遺産の規模等に照らせば、原審申立人の大学院の学費、留学費用は、原審申立人の特別受益に該当するものではなく、仮に特別受益に該当するとしても、被相続人の明示又は黙示による持戻免除の意思表示があったものと認めるのが相当である。

 抗告人は、昭和63年から平成2年当時、原審申立人の収入は少なく、原審申立人には、被相続人に返済ができるような経済余裕はなかった旨主張する。しかし、原審申立人の預金履歴によれば、当時、原審申立人には相応の収入があったことが認められ、被相続人に対する返済が不可能な状況であったとは認められない。また、抗告人は、被相続人には持戻免除の意思がなかったからこそ、原審申立人への援助記録が几帳面に残されている旨主張する。

 しかし、相手方Y2作成の家計簿には、原審申立人への送金だけではなく、消耗品の購入代金や光熱費等の支払も詳細に記載されており(なお、家計簿に支出を記録していたのは相手方Y2であって被相続人ではない。)、援助記録が几帳面に残されていたことと被相続人の持戻免除の意思が関連するとは認められない。
 抗告人は、その他縷々主張するが、いずれも上記結論を左右するものではなく、採用することができない。

(2)遺産の分割方法について
 抗告人は、抗告人がBの経営を引き継ぐべきであり、原審申立人に同社の株式の相当数を単独取得させるのは不相当である旨主張する。
 しかし、抗告人は、Bの株式800株を保有しているものの、同社の経営に携わったことはなく、被相続人が、抗告人が同社の運営を引き継ぐことを望んでいたことを認めるに足りる的確な資料はない。抗告人が原審申立人よりも同社の経営者として適格があると認めるに足りる資料もない。

 他方、原審申立人もBの株式を800株保有しているところ、被相続人の生前から同社の役員に就任しており、その後、同社の代表取締役となって、賃借人との契約締結、解約及び契約条件の変更等の業務を一定程度行ってきたといえることは原審判の「理由」中の第5の2(1)(補正後)で認定・説示するとおりである。なお、抗告人は、原審申立人の取締役選任登記が不正なものであると主張するようであるが、同主張を認めるに足りる資料はない。
 原審申立人は、私立大学の教授であり、Bの経営に専念することは困難であることが認められるが、抗告人も一部上場会社に勤務する会社員であって、Bの経営は副業とならざるを得ず、抗告人が原審申立人よりも会社経営を行うに適した状況にあるということはできない。

 上記事情を総合考慮すると、原審申立人にBの経営権を掌握できる形でC2の株式を取得させることが相当であり,会社の経営を安定させ、かつ、会社の支配権を有しないことになる抗告人や相手方Y2にはできるだけ現金又は預貯金を取得させるべきであることを考慮して、原審申立人には1万2000株を、相手方Y2には3600株を、抗告人には1200株をそれぞれ単独取得させることが相当である。

 抗告人は、抗告人をBの過半数の株主となるような分割方法を採用できないとしても、法定相続分に従って、各相続人にC2の株式を分割・取得させるべきである旨主張する。

 しかし、相手方Y2及び相手方Y3は、金銭の取得を希望しており、C2株式の取得を希望していない。また、C2株式の上記分割方法は、抗告人・原審申立人間にBの過半数の株式の獲得をめぐる新たな紛争を誘発し、同社の経営に悪影響を与えるものであって相当ではない。原審申立人がC2株式1万2000株を取得した場合に支払うべき代償金について、原審申立人の支払原資に特段問題があるとは認められない。 
 したがって、抗告人の主張はいずれも採用することができない。

第4 結論
 よって、抗告人の抗告には理由がないから棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 倉田慎也 裁判官 大場めぐみ 久保孝二)

別紙 抗告状
原審判の表示

1 被相続人の遺産を次のとおり分割する
(1)申立人は、別紙遺産目録(添付省略)記載E5及びE6を単独取得する。
(2)相手方Y2は、同目録記載A1、E1及びE4を単独取得する。
(3)相手方Y1は、同目録B1からB4及びE7を単独取得する。
(4)同目録記載C2(株式1万6000株)は、申立人が1万1200株を、相手方Y2が3600株を、相手方Y1が1200株をそれぞれ単独取得する。
2 申立人は、相手方Y2に対し、前項(1)、(4)の遺産取得の代償として、2067万0346円を本審判確定の日から2か月以内に支払え。
3 申立人は、相手方Y1に対し、前項(1)、(4)の遺産取得の代償として、26万4914円を本審判確定の日から2か月以内に支払え。
4 申立人は、相手方Y3に対し、前項(1)、(4)の遺産取得の代償として、2277万1950円を本審判確定の日から2か月以内に支払え。
5 手続費用は各自の負担とする。

抗告の趣旨
原審判を取消し、さらに相当な決定を求める。

抗告の理由
本件の相続の開始、相続人及び法定相続分並びに遺産の範囲及び評価については、原審判の「理由」欄の第1及び第2(原審判2頁13行目から4頁1行目まで)に記載のとおりである。
抗告人が不服である箇所は、細かいことをいえばきりがないが、以下の2点については到底容認できないので、この2点に絞って貴裁判所の御判断をいただくべく、即時抗告した次第である。
不服の詳細な理由は、別途、抗告理由書にて明らかにする。

1 相手方(一審申立人)Xの大学院(上智大学)進学及びその後の10年間に及ぶ海外留学費用(フランス、アメリカ及びイギリス)について、特別受益に当たらないと判断した部分(原審判9頁21行目から10頁13行目)

2 遺産のうち、被相続人の保有する株式1万6000株(B)のうち、発行済み株式数の過半数を超える1万1200株を相手方(一審申立人)Xに単独取得させ、抗告人を含む他の相続人に代償金支払を命じた部分(原審判15頁2行目から16頁10行目)
以上

付属書類
審判書の写し 1通
抗告状の写し 3通
委任状 1通
立証方法 現在、追加の書証を準備中につき、できるだけ早期に提出する。
別紙 抗告理由書《略》
別紙 第1主張書面《略》
別紙 相手方X主張書面(1)《略》