小松法律事務所

共同遺言無効の主張を排斥し夫婦連名遺言を有効とした最高裁判例紹介


○「共同遺言無効の主張を排斥し夫婦連名遺言を有効とした高裁判例紹介」の続きで、その上告審である平成5年10月19日最高裁判決(判時1477号52頁、判タ832号78頁)と上告理由書全文を紹介します。

○事案を復習すると、被相続人の遺言書について,相続人である原告(控訴人,上告人)が,本件遺言書は,その全文が被相続人により自書されたものではない,カーボン紙による複写であるが,複写はいわゆる自書に当たらない,罫紙4枚を合綴したもので,各葉ごとに被相続人の印章による契印がされているが,その1枚目から3枚目までと4枚目とでは名義が異なるから,共同遺言であると主張して,他の相続人を被告(被控訴人,被上告人)として,遺言の無効確認を求めたものです。

○一審の仙台地裁気仙沼支部、控訴審仙台高裁のいずれでも請求が棄却されたため,原告が上告しました。しかし、原告の主張は、いずれの主張も排斥され、控訴審の判断は正当であるとして,上告を棄却されました。カーボン紙を用いて複写の方法で記載した自筆証書遺言が民法968条1項の「自書」の要件を充たしているとされ、作成名義の異なる2つの遺言書が別葉に記載され、契印がほどこされた上、合綴されていても、容易に切り離すことができる自筆証書遺言について、民法975条により禁止された共同遺言には当たらないとの判断が確定しました。

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主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。

理   由
上告代理人○○○○、同○○○○の上告理由第一点について

 所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程にも所論の違法は認められない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第二点について
 原審の適法に確定した事実によると、本件遺言書は、Aが遺言の全文、日付及び氏名をカーボン紙を用いて複写の方法で記載したものであるというのであるが、カーボン紙を用いることも自書の方法として許されないものではないから、本件遺言書は、民法968条1項の自書の要件に欠けるところはない。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第三点について
 原審の適法に確定した事実関係は、本件遺言書はB5判の罫紙4枚を合綴したもので、各葉ごとにAの印章による契印がされているが、その1枚目から3枚目までは、A名義の遺言書の形式のものであり、4枚目は被上告人AR花子名義の遺言書の形式のものであって、両者は容易に切り離すことができる、というものである。右事実関係の下において、本件遺言は、民法975条によって禁止された共同遺言に当たらないとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。
 よって、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 園部逸夫 佐藤庄市郎 大野正男)

上告代理人○○○○、同○○○○の上告理由
第一点

 本件遺言書には、次のように真筆であること疑わせる多くの間接事実があるにもかかわらず、これを看過して、本件遺言書全部につき亡AR太郎が自書したものと認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな経験則違背がある。

 原判決は、本件遺言書全部が、直接筆記具で書かれたものではなく、カーボン紙によって複写されたものであることを認めた外、上告人が指摘する事実のうち、
ア、本件遺言書の一枚目は、「遺言書」の表題と文章及び日付、AR太郎の署名、押印ある同遺言書の本文に当る重要な部分であるにもかかわらず、表題の「遺言書」の「遺」字に不自然ななぞり書があること、

イ、右一枚目の「雄」、「と」の各字上に押捺してある「AR」の印影は,AR太郎の氏名のあと及び契印にある角印とはまったく別の長円形の印章によって顕出されたものであること、

ウ、本件遺言書は、仙台家庭裁判所気仙沼支部において検認される前に既に開封されていたこと(ちなみに、第一審における被告AR三郎本人は、検認のために持参する際には開封されていなかったが、母(被上告人AR花子)が具合が悪くなって遺言書を入れていた袋を枕にしたために封が開いたと、その開封の経過につき極めて不自然な供述を行なっている)

エ、亡AR太郎には10名と多くの相続人がいるにもかかわらず本件遺言書はそのうち被上告人AR一郎、同AR春子に対してのみ遺言者のめぼしい財産を与えるというものとなっていること
をそれぞれ認定しており、

オ、本件遺言書(AR花子名義の部分も含む)により被上告人AR一郎、同AR春子に「贈与」した土地上には被相続人であるAR太郎所有の未登記建物が存するにも関わらず、本件遺言書は右建物の帰趨についてはなんら触れていないこと
は明らかである。

 原判決は、右の各事実があっても、「そのことから直ちに偽造の疑いがあるということはできない」と、判示するが、右各事実は、いずれも被相続人が正常に遺言書を作成したとすることに、少なからず疑問を抱かせ得る事実である上、そのような事実が右のとおり数多く存在することからすれば、社会通念上、本件遺言書が偽造にかかるものであることを強く推認すべきである。

もっとも、本件遺言書の筆跡が自書したものであることに揺るぎがないのであれば偽造を疑わせる間接事実が存在しても原判決のようにいい得る余地はあるかもしれない。しかし、本件遺言書はその全部がカーボン紙による複写であって、筆跡の異同の判定には重大な制約があることに照せば(重大な処分証書である遺言書を直接筆記したものではなく複写したものとすること自体極めて不自然である)、原判決の前記判示は、筆跡鑑定の結果に安易に依拠して、経験則の適用を誤ったものとの非難は免れない。

第二点
 原判決には、民法968条1項の解釈適用を誤った違法があり、その違法が原判決に影響を及ぼすことは明らかである。
 原判決は、本件遺言書全部(四葉よりなる)がカーボン紙を用いた複写によって作成された事実を認定したうえ、「カーボン紙を用いることも自書の一つの手段方法と認められるというべきであり……カーボン紙により複写した場合も自書に当たるものと解するのが相当である。」と判示する。

 民法が自筆証書遺言について遺言者による全文の自書を要件とした趣旨は、自書による筆跡は容易に模倣しにくく、遺言が遺言者の真意に出るものであることが比較的容易に判別できるというところにある。

 電子複写機によるコピーが、自書と解することができないことはほぼ異論がないところであろう(加藤永一・新版注釈民法28巻46頁、久貴忠彦・右同書83頁)。右コピーは、筆記具で書いた原本と同一の配字、字画構成、字形となるが、筆圧、筆勢、筆記具の相違はほとんど捨象されてしまい、原本に様々な作為を入れる余地が大きいため偽造しやすく、偽造文章であっても容易にはそれと判別できないことが、コーピを自書とはなしがたい所以と考えられる。

ところで、カーボン紙による複写は、真筆ないしそのコピーのような手本となるものをなぞれば、容易に真筆と配字構成、字画構成、運筆において同一の筆跡を顕出することができることになり、真筆の模倣が容易で、偽造の危険が定形的につきまとうといえる。又、カーボン紙による複写は、例外なく筆圧、筆勢、筆記具の相違が分からない平板な筆跡になってしまい、後で真正な筆跡であるか判別がきわめて困難である。

右のとおりカーボン紙による複写にも、電子複写機によるコピーが自書といいがたい根拠となる事柄がそのまま当てはまるのであり、右コピーが民法968条1項の「自書」といい得ないのと同様にカーボン紙による複写も同条項の「自書」ということはできない(なお久貴忠彦教授(「自筆証書遺言の方式をめぐる諸問題」現代実族法大系5、221頁)は、「カーボン紙による複写による場合は自書の概念からはずれることはいうまでもない。」とされる。)

 このように解しても、作為がなく真にカーボン紙で複写したものであれば、その複写したものと同一の原本に当るものが常に存在するのであるから、複写したものを自筆文書でないとしてもなんら不都合はないはずである。
 したがって、カーボン紙による複写である本件遺言書を自書によるものとした原判決には民法968条1項の解釈適用に誤りがあり、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第三点
 原判決は、民法975条の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。
 原判決は、本件遺言書が共同遺言には当たらないとした第一審判決を全面的に引用する。

 しかし、本件遺言書の4枚目はその作成名義からしてAR太郎の妻の被上告人AR花子の遺言書となっており、これが1ないし3枚目のAR太郎の遺言書部分と契印され一体の文書となっている。また、内容的にみても、被上告人AR花子の遺言部分は、AR太郎が被上告人AR花子に生前贈与した宅地、そしてAR太郎が所有する建物の敷地である宅地を同被上告人が死亡したときAR春子に贈与するという太郎の意思(考え)を含ませているものである。したがって、本件遺言書はその形式、内容とも民法975条が禁止する共同遺言に該当し無効とすべきである。

 以上いずれの点よりも原判決は違法であり、破棄されるべきである。