小松法律事務所

遺言書としては無効としても死因贈与契約成立を認めた地裁判決紹介1


○遺言書があるのですが、形式上の不備のため遺言無効を主張されている事案があります。遺言書としては無効としても死因贈与契約が成立していると主張し、同種判例を探していたところ、以下の事案の判例が見つかりましたので紹介します。

○亡Aの弟である亡Bの妻である原告が、亡Aから本件不動産及び本件財産につき、亡Aの相続財産法人である被告に対し、主位的に遺贈に基づき、予備的に死因贈与に基づき、本件不動産の所有権移転登記手続及び本件財産が原告に帰属することの確認を求めました。

○これに対し、平成30年1月17日付東京地裁判決(ウエストロー・ジャパン)は、亡A自筆の本件遺言書に記載されている日付である「平成8年正月」の「正月」という語は時間幅のある概念として用いられるのが一般的であるから、同記載により暦上の特定の日が表示されたとはいえず、本件遺言書は証書上日付の記載を欠き無効であるとして遺贈を認めず主位的請求を棄却しましたが、亡Aと原告は亡Bの三回忌の食事の際、亡Aが原告に対して死亡時の全財産を死因贈与する旨の死因贈与契約を締結したといえ、本件遺言書は同死因贈与契約について作成されたものと認められるとして、本件不動産について死因贈与を原因とする所有権移転登記を命じました。

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主   文
1 原告の主位的請求をいずれも棄却する。
2 被告は,原告に対し,別紙不動産目録記載の不動産について平成28年10月19日死因贈与を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
3 原告と被告との間において,別紙財産目録記載の財産が原告に帰属することを確認する。
4 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 主位的請求

(1) 被告は,原告に対し,別紙不動産目録記載の不動産(以下「本件不動産」と総称する。)について平成28年10月19日遺贈を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
(2) 原告と被告との間において,別紙財産目録記載の財産(以下「本件財産」と総称する。)が原告に帰属することを確認する。

2 予備的請求
 主文第2項及び第3項と同旨

第2 事案の概要
 本件は,亡A(以下「亡A」という。)の弟の妻である原告が,亡Aから本件不動産及び本件財産について遺贈ないし死因贈与を受けた旨主張し,亡Aの相続財産法人である被告に対し,主位的に上記遺贈に,予備的に上記死因贈与に基づき,本件不動産について所有権移転登記手続を求めるとともに,本件財産が原告に帰属することの確認を求める事案である。
 なお,原告の平成29年8月31日付け訴状訂正申立書添付の別紙財産目録の番号158には,払い戻された預貯金の銘柄が「福祉定期貯金」と記載されているが,証拠(甲10の2)によれば,その銘柄は「定額貯金」であることが明らかであり,上記記載は明白な誤記であるものと認められる。

1 前提事実
 以下の事実は,当事者間に争いがないか,後掲証拠(枝番のある証拠について全ての枝番を引用する場合には,枝番の記載を省略する。)によって認められる。
(1) 亡Aは,昭和7年○月○日生まれの男性であり,本件不動産及び本件財産を有していたが,平成28年10月19日に死亡した。 (甲1から11まで,13の11,15)

(2) 亡Aには相続人がいなかった。原告は,亡Aの弟である亡B(以下「亡B」という。)の妻である。(甲12から14まで)

(3) 東京家庭裁判所は,平成29年7月6日,原告の申立てに基づき,亡Aの相続財産管理人として弁護士Yを選任した。(甲16)

(4) 亡Aは,自筆の遺言書(以下「本件遺言書」という。)を遺していた。本件遺言書本文の記載内容は別紙遺言書写し記載のとおりである。(甲17)

2 争点及び当事者の主張
(1) 遺贈の成否


         (中略)



(2) 死因贈与の成否
(原告の主張)
 原告は,亡Aの弟である亡Bの妻であるのみならず,亡Aとともに長唄をするなどして交流しており,亡Aに最も近しい親族であった。亡Bは,平成4年6月16日に死亡し,平成6年6月には,亡Bの三回忌が行われ,原告も亡Aも出席した。その際,亡Aは,原告に対し,「自分には妻や子供もいないし,Bが死亡してしまって兄弟もいなくなってしまったから,自分が死亡したら,自分の遺産はこのままでは国庫にいってしまう。国庫にいってしまうのは嫌だから原告に渡す」旨述べ,原告はこれを了解した。亡Aは,上記発言を踏まえ,その後すぐに遺言書を作成し,その後に本件遺言書が改訂版として作成されたものと考えられる(このことは,本件遺言書に「平成8年正月改訂」と記載されていることからも明らかである。)。また,亡Aは,かんぽ生命に生命保険を有していたところ,この生命保険金の受取人にも原告を指定していた。以上からすれば,亡Aは,原告に対し,平成6年6月,死亡時の全財産について死因贈与したことが明らかである。

(被告の主張)
 原告が亡Aに最も近しい親族であったとの点は否認し,あるいは争う。亡Bの死亡の事実は認める。亡Bの三回忌の開催,原告や亡Aの出席,亡Aと原告とのやり取り,本件遺言書の作成経緯等は知らない。生命保険金の受取人に原告が指定されていたことは認める。亡Aが原告に対して死因贈与をした旨の主張は否認する。

第3 当裁判所の判断
1 前記第2の1の前提事実に加え,後掲証拠によれば,以下の事実を認めることができる。

(1) 原告は,昭和10年○月○日生まれの女性である。原告は,高校卒業後,長唄の稽古に通うようになり,長唄の師匠をしていた亡E(以下「亡E」という。)を通じてその子である亡B(昭和8年○月○日生まれ)と知り合い,昭和46年12月21日に亡Bと婚姻した。
 原告と亡Bは,夫婦で長唄と日本舞踊の師匠として暮らしていたが,亡Bは平成4年6月16日に死亡した。原告は,その後も日本舞踊の師匠をしている。
 亡Aも,長唄の師匠をしていた。亡Aは,幼少期から足を悪くしていた。亡Aは,婚姻せず亡Eと同居し,その補助をしていたが,昭和62年5月2日に亡Eが死亡した後は,本件不動産を購入し,そこに居住していた。(甲13の5,13の7から13の15まで,19)

(2) 亡Aは,亡Bの生前は,自宅から原告及び亡Bの家まで,自転車でよく来ていた。亡Aと亡Bの仲は良く,原告も亡Aと仲良くしており,3人で一緒に長唄を演奏することもあった。亡Bの死後は,亡Aが原告の家に来ることは以前よりも少なくなったが,原告の方から亡Aの家に盆暮の挨拶に行ったり,長唄の手合わせの為に訪問するなどしていたほか,たまに亡Aから電話で近況報告を受けていた。(甲19,21)

(3) 亡Bが平成4年6月16日に死亡したことにより,亡Aには相続人となるべき親族がいなくなった。平成6年6月には亡Bの三回忌が行われた。この三回忌には,原告とその姉2名,姉の子であるD(以下「D」という。)及び亡Aの5名だけで執り行われた。この三回忌は,上野の報恩寺に行ってからa霊園で線香をあげ,池之端で食事をするという順序で執り行われた。(甲19,20)

(4) 亡Aは,平成8年2月から同年3月の間に,合計3口の終身保険に加入したが,その死亡保険金の受取人をいずれも原告と指定していた。(甲18)

2 争点(1)(遺贈の成否)について
 自筆証書によって遺言をするには,遺言者が,その全文,日付及び氏名を自書し,これに印を押さなければならない(民法968条1項)。そして,この日付は,暦上の特定の日を表示するものといえるように記載されるべきものであるから,証書の日付として単に「昭和四拾壱年七月吉日」と記載されている場合にとどまる場合は,暦上の特定の日を表示するものとはいえず,そのような自筆証書遺言は,証書上日付の記載を欠くものとして無効であると解するのが相当である(昭和54年最判参照)。

 これを本件遺言書についてみると,前記第2の1の前提事実(4)のとおり,本件遺言書には日付として「平成8年正月改訂」との記載があるが,「正月」という語は,「1年の1番目の月。いちがつ。むつき。また,松の内をいう。」などと定義されており(乙1),時間幅のある概念として用いられるのが一般的であるから,上記のような記載によって暦上の特定の日が表示されたものとはいえず,本件遺言書は,証書上日付の記載を欠くものとして無効であると解するのが相当である。

 原告は,この「正月」は年が明けた日,すなわち「1月1日」を表示したものと解するのが亡Aの合理的意思に合致する旨主張するが,このような合理的意思の存在を推認するに足りる事情は見当たらない。また,原告は,ゆうちょ銀行が本件遺言書に基づく貯金の払戻請求に応じた旨主張するが,このような事情の存否は上記の認定判断を左右するものではない。
 したがって,本件不動産及び本件財産が原告に遺贈されたと認めることはできず,原告の主位的請求は理由がない。

3 争点(2)(死因贈与の成否)について
 原告は,亡Bの三回忌の食事の際,亡Aが,原告に対し,「自分には妻も子供もいないし,Bが死亡してしまって兄弟もいなくなってしまったから,自分が死亡したら,自分の遺産は国庫にいってしまう。国庫にいってしまうのは嫌だから,Xさんにあげる。」と述べ,原告もこれを了解した旨陳述し(甲19),Dもこれに沿う陳述をする(甲20)。

 上記各陳述の内容は,①亡Aが,弟の妻である原告と,長唄の活動等を通じて古くから懇意にしてきたこと,②亡Bが死亡したことにより,亡Aには相続人となるべき親族がいなくなっていたこと,③上記三回忌の後に作成されたと考えられる本件遺言書には,原告に「各種預貯金,保険等」を受け取らせること,本件不動産を原告に遺贈することが明記されており,原告以外の者に遺産を取得させる旨の記載は見当たらないこと,④本件遺言書には「平成8年正月改訂」との記載があり,それよりも前に作成した同趣旨の遺言書が存在し,その内容を改訂したものであることが窺われること,⑤亡Aは,平成8年2月から同年3月の間に加入した終身保険の死亡保険金の受取人をいずれも原告と指定していることなど,上記認定事実に照らして自然で合理的な内容を有しており,その信用性を疑うべき事情は見当たらないから,これを採用することができる。

 そして,上記各陳述に加えて,本件遺言書の記載内容等,上記認定事実を総合すれば,亡Aと原告は,平成6年6月の亡Bの三回忌の食事の際,亡Aが原告に対して死亡時の全財産を死因贈与する旨の死因贈与契約を締結したものであり,本件遺言書は同死因贈与契約について作成されたものと認めるのが相当である。

 被告は,本件遺言書には預貯金,保険以外の資産について具体的言及がないのであるから,これをもって株式等の資産の全てを原告に取得させる意図があったかどうかは明らかでないと主張するが,上記③のとおり,本件遺言書に「各種預貯金,保険等」を原告に受け取らせる旨が明記されており,預貯金や保険以外の財産の存在が前提とされている上,亡Aが原告以外の者に遺産を取得させようとした形跡もないことなどに照らせば,亡Aは,その死亡時の全財産を原告に贈与する意思を有していたものと認めるのが相当であり,被告の上記主張は採用できない。

 なお,本件遺言書には,「本人が希望すればXに遺贈する。」とか,「大よそは此の書に基づいて,遺産を処分,分配されたひ。」とか,「各種預貯金,保険等の受取人は一応Xが指定してある」などといった記載がされているものと認められるが,上記認定事実に照らせば,亡Aとしては,最も近しい親族である原告に全財産を死因贈与した上で,その処分や分配については原告に一任することを意図して,上記のような記載をしたものと推認できるから,上記のような記載の存在は,上記のとおり死因贈与契約が締結された旨の認定を妨げるものではない。
 したがって,本件不動産及び本件財産が原告に死因贈与されたものと認めることができ,原告の予備的請求は理由がある。


第4 結論
 以上によれば,原告の主位的請求はいずれも理由がないから,これらを棄却し,予備的請求はいずれも理由があるから,これらを認容することとして,主文のとおり判決する。
 東京地方裁判所民事第12部 (裁判官 榮岳夫)

 〈以下省略〉