小松法律事務所

多額の負債立替等を理由に遺言執行者による廃除申立を認めた家裁審判紹介


○遺言書の作成と推定相続人の1人について遺言執行者として廃除申立を遺言文言に記載することを要請されている例があります。廃除に関する民法条文は以下の通りです。

第892条(推定相続人の廃除)
 遺留分を有する推定相続人(相続が開始した場合に相続人となるべき者をいう。以下同じ。)が、被相続人に対して虐待をし、若しくはこれに重大な侮辱を加えたとき、又は推定相続人にその他の著しい非行があったときは、被相続人は、その推定相続人の廃除を家庭裁判所に請求することができる。

第893条(遺言による推定相続人の廃除)
 被相続人が遺言で推定相続人を廃除する意思を表示したときは、遺言執行者は、その遺言が効力を生じた後、遅滞なく、その推定相続人の廃除を家庭裁判所に請求しなければならない。この場合において、その推定相続人の廃除は、被相続人の死亡の時にさかのぼってその効力を生ずる。


○廃除の要件は、「被相続人に対して虐待をし、若しくはこれに重大な侮辱を加えたとき、又は推定相続人にその他の著しい非行があったとき」で、かなりハードルが高い感じがし、その具体例を探していますが、平成20年10月17日神戸家裁伊丹支部審判(家庭裁判月報61巻4号108頁)全文を紹介します。

○借金を重ね、被相続人に2000万円以上を返済させたり、相手方の債権者が被相続人宅に押しかけるといった事態により、被相続人を約20年間にわたり経済的、精神的に苦しめてきた相手方の行為は、客観的かつ社会通念に照らし、相手方の遺留分を否定することが正当であると判断される程度に重大なものであって、民法892条の「著しい非行」に該当するとしています。やはりハードルは相当高いです。

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主   文
相手方を,被相続人の推定相続人から廃除する。

理   由
第1 申立ての趣旨及び実情

 相手方は,被相続人の長男で,遺留分を有する推定相続人である。相手方は,浪費を重ね,被相続人の財産の大半を浪費した上,被相続人は,相手方の債権者らから,弁済につき,自宅で面会を強要されたり,電話による支払を求められたりし,心理的にも大きな痛手を被った。このため,被相続人は,遺言書で,相手方を推定相続人から廃除する旨遺言し,申立人(弁護士)が遺言執行者に選任された。
 よって,申立人は,主文同旨の審判を求める。

第2 当裁判所の判断
1 本件記録及び相手方の審問の結果によれば,以下の事実が認められる。

(1)被相続人は,高等学校卒業後,○○に入り,53歳まで勤務し,その後,53歳から63歳まで,○○株式会社に勤務した者で,実直な性格であり,生涯堅実な生活を送っていた。

(2)被相続人には,妻D(昭和13年×月×日生)がおり,Dとの間に,E(昭和39年×月×日生)及び相手方をもうけていた。

(3)相手方は,高校卒業後,2浪して予備校に通っていたころから遊興に金銭を費やすようになり,進学しないまま就職した後も同様で,競馬,パチンコや車の購入,女性との交際費等で借財を重ねるようになり,自動車販売の仕事や交通事故で借財が増えることもあった。
 このため,被相続人が相手方の債権者らを回って返済をし,再三相手方の反省を促していたが,相手方の浪費や借財は収まらず,相手方は,金利の高い消費者ローン業者や貸金業法上の登録業者ではないいわゆるヤミ金からも再三借金を重ねていた。このため,相手方は,全額を返済ができないために,取立関係者から殴られて帰宅したことがあり,また,取立関係者が返済を求めて被相続人の自宅に電話をかけてきたり,同宅を見張ったりしただけでなく,実際にも同宅に押しかけたり,近所にも聞こえるような大声で罵倒し,被相続人が警察を呼ぶような事態も生じた。

 もっとも,相手方は,一応働いており,全くの無為徒食というわけではなく,返済も一部していたようであるが,平成2年ころから平成14年ころまで,被相続人が相手方のために,相手方の債権者らに立替えて支払った額は,2千数百万円に上っており,そのうち一部は返済されたものの,2000万円以上の残金が被相続人に対して返済されなかった。

(4)被相続人は,前記立替払金を自ら支払っていたが,自己資金だけでは立替えに充てる金員に不足し,Eから,平成13年に300万円,その後にも300万円の合計600万円を借り受けたが,平成20年×月×日死亡するまでに,Eに対し返済することはできなかった。

(5)相手方は,高校卒業後,少なくとも,平成9年後半ころから平成14年ころまでの間,被相続人の自宅不動産である別紙物件目録記載の土地建物(以下「自宅不動産」という。)に被相続人及びDと同居していたが,前記のように借金の返済が度重なったほか,相手方が被相続人に対し,被相続人の自宅不動産の権利証の交付を要求したこともあり,平成14年4月ころに,被相続人から「勘当」と言われ,被相続人の自宅から追い出された上,自宅に近づくこと及びDに近づくことを禁止された。

(6)被相続人は,Dに対し,平成14年4月ころ,被相続人が「倒れたら,開封して下さい」として,下記内容の手紙(以下「本件手紙」という。)を書き記した。

       記

 近日中に脳の血管障害により倒れる予感がするので,Dに次のことを伝えておく。
〔1〕脳の血管障害は,死か重度の身体障害を伴うものでありDに負担をかけるがよろしく。
〔2〕相手方は勘当(親元を追い出されること)した身であり二度とこの家の敷居を跨がせないこと。
〔3〕相手方はF君に頼み,自立・更正させない限り,同じことを繰り返し,親・姉を路頭に迷わせ,どん底に墜ちることとなることを銘記し,間違ってもDは,二度と一緒に暮らそうなんてことを考えないこと。
〔4〕Eは相手方と縁を切り,係わらないこと。
〔5〕G(被相続人の母)については,Eに頼む。○○県○○に行き,養護施設に入所させてください。(以下略)

(7)被相続人は,平成14年8月×日付けで,下記内容の遺言書(自筆証書,以下「本件遺言」という。)を作成した。

       記

〔1〕Dには,遺言者(被相続人)名義の○○銀行及び○○の各預貯金通帳記載の残高全額。
〔2〕Dに土地・家屋を相続させた場合、相手方がこれを抵当にして借金することが明白であり,これを防止するため次のとおり指定する。
ア Eに自宅不動産を相続させる。 
イ 自宅不動産は,Dが一人で暮らせる間は維持・補修し,一人暮らしが困難となり,特別養護施設(有料)等に入所する際に処分し,その費用に充てる。
〔3〕相手方には,これまでに2000万円以上の貸しがあり,未だに返金を受けていないので,その貸借を解消することとし,その他一切の相続は認めない(相続の廃除)。

(8)相手方は,被相続人の自宅から追い出された前後のころから,親戚である牧師方(本件手紙にある「F君」方)に預けられたが,その後も借財を重ね,自己破産の申立て(○○地方裁判所平成○○年(フ)第○○○号)を行うことになり,破産決定及び免責決定を受けた。

(9)しかしながら,相手方は,前記破産決定及び免責決定後も,被相続人に対し,引越代として30万円の無心をしたり,高校生時代の友人らから数百万円の借財を重ね,その友人らが,被相続人の自宅にきて返済を求めることがあった。被相続人は,平成18年に脳梗塞で倒れ,平成19年9月入院していた際に,Eに対し,葬式になっても密葬とし,相手方を葬式には呼ばないように指示していた。

(10)被相続人は,平成20年×月×日に死亡したが,現在判明している被相続人の死亡時の財産としては,自宅不動産(平成19年度の固定資産評価額は,土地831万643円,建物97万7390円である。)及び預貯金(○○銀行普通預金70万3217円)の合計999万1250円相当のみである。

(11)相手方は,平成20年3月×日の本件申立ての前後にかかわらず,Dに対し無心を続け,Dに対し,「今度,裁判所に行くことになった。姉(E)は卑怯だ,廃除に腹が立つ」「もう,やくざになって仕返しして,どうなってもいいんだな,結婚できなかったらお前らのせいだから」「蒸発する」などと述べて,相手方を心配するDから,平成20年3月×日に50万円,同月×日に60万円,同年4月×日に50万円,同年5月×日に50万円,同月×日に45万円,同年8月×日に15万円(以上合計270万円)の送金を受けた。
 なお,相手方は,Eに対しても,度々借財を申し出ている。

(12)Eは,相手方が何度も被相続人からやり直す機会をもらって期待されていたにもかかわらず,一向に改心せず借金を重ねており,推定相続人の廃除でけじめをつけないと相手方のためにもDのためにもならないと考えている。
 Dは,母親として,相手方が憎いわけではないが,これまでのこと,並びに自分の居住する自宅不動産の処分を防ぐこと及びEの安心のために,推定相続人の廃除はやむを得ないと考えている。

2 被相続人の相手方に対する貸金又は立替金残額について
 被相続人が残した一覧表(平成2年度から平成12年度まで,以下「本件一覧表」という。)には,平成2年度から平成4年度までは推定で合計200万円が,平成5年度から平成12年度までは,各月毎に細かく金額がそれぞれ記載され,平成9年6月の373万円,同年9月の187万1000円,平成11年11月の351万8067円については,その明細が書かれた書面と裏付けの書面(借入契約書,領収書など)が存在しており,本件一覧表は,被相続人によって,根拠に基づき整理された上で記載されていたことが窺えるほか,その記載には,相手方の返済の記憶とも一致する記載があり(相手方は,調査時に全く返済していないこともなく,多いときで35万円から40万円を返したこともあるし,1000円単位で細かく返したこともある旨陳述しているところ,本件一覧表にも,△印で返済を示す記載が少なからずあり,平成11年12月には「△400000」の記載もある。),その記載内容は全体として十分信頼に価するところ,本件一覧表の貸金又は立替金の残額は,平成12年の終わりで2300万円を超える額である。

 上記の外,被相続人は,平成14年8月×日付けの本件遺言書で,「約2000万円以上の貸しがあり」と記載していること,本件遺言書作成以後,相手方は破産しているところ,相手方の被相続人に対する貸金又は立替金債務が免責の対象となったのか否かの点はともかくとして,相手方が被相続人に何らかの返済をした事情は窺えないこと(相手方は,破産以後に新たに被相続人から出してもらった分を返済したとは陳述するが,破産以前の分については,何らの言及をしていない。)を考慮すると,被相続人の相手方に対する貸金又は立替金の残額は,免責の点をひとまずおくと,2000万円以上であったと認めるのが相当である(この額が,被相続人が相手方のために実質出費した額と考えられる。)。
 この点についての,相手方の陳述は,首尾一貫せず,何ら裏付けを欠くもので,採用することができない。

3 推定相続人廃除の可否
 推定相続人の廃除は,相続的協同関係が破壊され,又は破壊される可能性がある場合に,そのことを理由に遺留分権を有する推定相続人の相続権を奪う制度であるから,民法892条所定の廃除事由は,客観的かつ社会通念に照らし,推定相続人の遺留分を否定することが正当であると判断される程度に重大なものでなければならないと解すべきである。

 これを本件についてみるに,前記1,2の各認定事実によると,相手方は,競馬,パチンコや車の購入,女性との交際費等で借金を重ね,被相続人に度々返済させるなどいわゆる尻ぬぐいを長年にわたってさせており,しかも被相続人が相手方から返済を受けられなかった出費の合計額は2000万円以上に上っており,被相続人死亡時の被相続人の財産1000万円相当に比べて相当過大であるだけでなく,被相続人が長年○○や○○株式会社に勤務し,ある程度の収入や蓄財が予想されるにもかかわらず,立替金の財源に不足し,娘であるEからも借金をしなければならなかったことも考慮すると,被相続人の経済的な負担は極めて大きかったものと認めることができる。

 また,相手方の債権者らには,いわゆるヤミ金や相手方の友人がおり,相手方が殴られて帰宅したことや,関係者が被相続人の自宅を見張ったり押しかけたことがあり,近所にも聞こえるような大声で罵倒し警察を呼ぶ事態も生じたことなどがあるのであるから,被相続人の親としての心の平穏や住居の平穏を著しく害されたことは否定できない。

 さらに,相手方は,被相続人からいわゆる「勘当」までされたにもかかわらず,再び借金を重ねて破産,免責の決定を受けたほか,破産,免責決定後も,改心したとまではいいがたく,被相続人にまで再び引越代の無心をしたりしている。

 そうすると,相手方の行為は,相手方が成人に達するころから約20年間,被相続人を経済的,精神的に苦しめてきたものといわざるを得ず,被相続人の苦痛は被相続人の死亡まで続いており,被相続人が心情を吐露したとみられる本件手紙及び本件遺言書の各内容,並びにいわゆる「勘当」の存在及び葬式への相手方出席に関するEへの指示などは,被相続人の怒りが相当激しいものであったことを示しているところ,相手方の行為による被相続人への経済的,精神的な苦痛の大きさやその継続に鑑みれば,被相続人の怒りも十分理解できるものであって,結局,相手方の行為は,客観的かつ社会通念に照らし,相手方と被相続人の相続的協同関係を破壊し,相手方の遺留分を否定することが正当であると判断される程度に重大なものであり,民法892条の「著しい非行」に該当するといわざるを得ない。

4 相手方の主張について
 相手方は,被相続人との関係は,本件遺言書の作成以後徐々に回復していき,被相続人に会ったり,就職について被相続人に身元保証人になってもらったり,晩年には被相続人の見舞いにも行った旨陳述し,被相続人から宥恕してもらっていた旨主張するかのようである。

 しかしながら,〔1〕被相続人は,死亡するまで,本件遺言書を撤回したり,本件遺言書と異なる遺言書をしたことはないこと,〔2〕相手方は,被相続人死亡まで,被相続人と同居することはなく,いわゆる「勘当」が解けたとまではいえないこと,〔3〕相手方は,本件遺言書作成までの借金癖や生活態度を改善したとはいえず,被相続人にまで再び引越代の無心をしたりしており,被相続人は,死亡の数か月前に,Eに対し,相手方を葬式には呼ばないように伝えていたこと,〔4〕身元保証人等を裏付ける証拠がないこと(仮にあったとしても,身元保証等の事実は,被相続人が相手方の立直りを最後まで願っていたことを示すとまではいえても,それを超えて宥恕していたとまでは認めるに足りない。)からすると,相手方の宥恕の主張は採用することができない。

第3 結論
 よって,本件申立ては理由があるのでこれを認容することとし,主文のとおり審判する。
(家事審判官 浅見宣義)