小松法律事務所

封筒裏面の文言を遺言に含まれ停止条件を定めたとした地裁判決紹介


○遺言書本文が入っている封筒の裏面に、「◎私(A)がC(妻)より先に死亡した場合の遺言書」との記載とAの被相続人の郵便番号,住所,氏名の記載された遺言書を残しました。裏面の記載を封筒文言とします。

○この遺言書について、
①自筆証書遺言の内容は,自筆証書の本文記載によって確定するものであり,他の書面や封筒の記載により遺言の内容が変更されるかどうか
②本件遺言は,その全部について被相続人が亡Cよりも先に死亡することを停止条件としたものであり,亡Cが被相続人の生存中に死亡したことによって同停止条件の不成就が確定したかどうか
が争われました。

○これについて、
①本件封筒と遺言書本文は一体のものとして作成されたと認められるから,封筒文言は,遺言書本文の記載と同様に本件遺言に含まれる、
②封筒文言は,被相続人が死亡した際に亡Cが生存していることを本件遺言全部の停止条件とする趣旨の条項であると認めるのが相当
として、妻Cが遺言者夫Aより先に死亡し、夫Aが妻Cより先に死亡するとの停止条件の不成就が確定したので遺言は無効となるとした令和2年7月13日東京地裁判決(判時2485号36頁)前文を紹介します。

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主   文
1 原告の請求を棄却する。
2 原告と参加人との間において,別紙預金目録記載の預金債権を準共有していることを確認する。
3 訴訟費用は,原告と被告との間に生じたものは原告の負担とし,原告と参加人との間に生じたものは原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求

1 原告の請求
 被告は,原告に対し,3254万4594円及びこれに対する令和元年10月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 参加人の請求
 主文第2項に同旨

第2 事案の概要
 本訴請求は,原告が,被告に対して,訴外A(以下「被相続人」という。)が被告のB支店に有していた普通預金債権(以下「本件預金」という。)を相続により取得したとして,同預金債権3254万4594円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である令和元年10月2日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下この判決において同じ。)所定の年5分の割合の金員の支払を求めるものである。
 参加人の請求は,原告に対し,参加人と原告が本件預金を相続して準共有していることの確認を求めるものである。

1 前提事実
 以下の事実は,当事者間に争いがないか,括弧内掲記の証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実である。
(1)当事者等(甲1ないし3)
ア 被相続人は,昭和5年○月○○日生まれの男性であり,平成31年3月7日に死亡した。
イ 原告は,被相続人の長女である。
ウ 参加人は,被相続人の長男であり,原告の兄である。
エ 訴外C(以下「亡C」という)は、被相続人の妻,原告及び参加人の母であり,平成30年9月21日に死亡した。

(2)被相続人は,平成25年12月13日,次の内容が記載された自筆遺言証書を作成した(以下,同遺言書の本文と同遺言書による遺言をそれぞれ「遺言書本文」,「本件遺言」という。甲4,丙2)。 
ア 土地建物に関する記載
 被相続人が所有する東京都府中市所在の土地建物(以下「被相続人自宅」という。)を亡Cに持分5分の3,原告に持分5分の2を相続させる。

イ 預貯金等に関する記載
(ア)亡Cに被相続人がゆうちょ,りそな,みずほの各銀行に有する普通預貯金を相続させる。
(イ)参加人には平成19年12月に相続時精算課税に係る財産として1000万円を贈与済みである。
(ウ)原告に被相続人が三井住友銀行に有する普通預金及び米国ドル建預金,ゆうちょ銀行の定額定期貯金を相続させる。

ウ 死亡保険金の受領者等
 日本生命保険契約の被相続人死亡保険及び配当積立金,生存給付金,AFLAC新がん保険金は,亡Cの持分とする。

エ 自動車
 被相続人の所有する普通乗用自動車を原告に相続させる。

オ その他
 上記アないしエを除く被相続人の遺産は全部亡Cに相続させる。

カ 祭祀承継者等
 A家の位牌,墓地の承継者として原告を指定する。参加人から墓地使用の希望があったときはこれを認める。

キ 被相続人の原告に対する感謝等
 被相続人は,被相続人及び亡Cの体調が極めて悪く,生活の維持が危うい状態にあった当時に,原告が,被相続人,亡C夫婦の生活を援助するために被相続人自宅に転居し,生活の援助及び同自宅の手入れ等をしてくれたことについて感謝している。

ク 亡Cに関する記載(以下「末尾条項」という。)
 被相続人が被相続人の死後に亡Cの生活がどのようになるかについて大変心配しており,亡Cが平穏に生活できるように配慮を求める。

(3)遺言書本文が封入された封筒の記載
 遺言書本文は,令和元年6月4日に横浜家庭裁判所川崎支部において検認されるまでの間,遺言書本文を作成したと同時期に被相続人が次の記載,封印等をした封印のある封筒(以下「本件封筒」という。)に封緘されていたものであり,同封筒には,次の各記載が被相続人の手書きで記載されていたほか,遺言書本文の被相続人の押印に用いられた印章と同一印章による押印によって裏面に封印がされていた(以下「本件封印」という。)。

ア 本件封筒の表面
 「遺言書(本遺言書は家庭裁判所に提出のこと)」との記載(以下「表題記載」という。がある。

イ 本件封筒の裏面
 「◎私がCより先に死亡した場合の遺言書」との記載(以下「封筒文言」という。)があり,このほかに被相続人の郵便番号,住所,氏名の記載(以下(以下「住所等記載」という。)がある。

2 争点及び争点に関する当事者の主張
 本件の争点は,本件遺言の効力の有無である。争点に関する当事者の主張は,以下のとおりである。
(原告の主張)
(1)自筆証書遺言の内容は,自筆証書の本文記載によって確定するものであり,他の書面や封筒の記載により遺言の内容が変更されるものではないから,封筒文言により遺言が停止条件付遺言に変更されることはない。

(2)本件遺言は,その記載内容から亡Cが生存していることを前提としていたものであり,亡Cが死亡していた場合に同人に対する遺贈が無効となるのは当然である。

 封筒文言は,封筒の裏に付記されたものであることからも,被相続人が,被相続人より先に亡Cが死亡した場合に新たに遺言書を作成する必要があるという認識を記載したものに過ぎず,本件遺言全体の効力について被相続人死亡時の亡Cの生存を停止条件として定めたものではない。ある事実を前提とすることとこれを条件とすることは異質なものであるにもかかわらず,被告及び参加人は,一切の説明を行わずに前者を後者に置きかえるものである。
 人間の死は,必ず訪れるものであるから不確定期限であり,条件とはなりえない。

(被告及び参加人の主張)
 本件封筒の裏面には封筒文言が記載されているところ,被相続人による表題記載,住所等記載がされ,本件封印がされた遺言書本文の体裁とともにみれば,本件封筒と遺言書本文とは一体を成すものであり,封筒文言を含めて被相続人の意思を表示したものである。そして,封筒文言に加え,本件遺言の本文に末尾条項があること,亡Cが先に死亡した場合の補充遺言もなされていないことからすれば,本件遺言は,その全部について被相続人が亡Cよりも先に死亡することを停止条件としたものであり,亡Cが被相続人の生存中に死亡したことによって同停止条件の不成就が確定したものであるから,本件遺言は無効である。

第3 当裁判所の判断
1 参加人の請求に係る訴えの利益

 本件は,原告と被告との間において,被相続人の遺産分割の前提問題として,本件遺言の効力の有無に関連して本件預金の債権者が問題となっている事案であり,原告と参加人との間において,本件預金が準共有にあるか否かについての判決が確定すれば,これに反する原告の主張は上記確定判決の既判力により遮断されることからすれば,参加人の請求には訴えの利益がある。

2 認定事実
 前提事実及び丙3号証の1ないし丙3号証の3,弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。
(1)被相続人と亡Cは,平成24年1月頃までの間,本件自宅において夫婦2人で生活をしてきたものの,被相続人及び亡Cの体調が悪化したことから,夫婦2人で生活を維持することが困難となり,原告に助力を求めた。
 原告は,被相続人夫婦に対し,次の条件(以下「原告条件」という。)の下,本件自宅に転居して被相続人と亡Cの生活を援助すること(以下「本件生活援助」という。)を提案し,被相続人夫婦はこれを承諾したことから,原告は,同年以降,被相続人夫婦と同居して本件生活援助を行った。
ア 原告と原告の長男は,本件自宅の2階,被相続人と亡Cは,本件自宅の1階において食事等の生活をそれぞれ別に行う。
イ 原告と原告の長男が生活する本件自宅の2階を被相続人夫婦の負担でリフォームし,本件自宅の1階にもキッチンを新設する。
ウ 被相続人夫婦は参加人との交流を控える。

(2)被相続人は,平成24年2月以降同年12月までの間,原告条件のウを遵守して参加人との交流を行わなかったが,同月4日付で,参加人に対する手紙(以下「本件手紙」という。)を原告に告げることなく送付した。
 被相続人は,本件手紙において,原告に対し,原告が被相続人夫婦と同居し本件生活援助を受けるに至った経緯と,その条件として被相続人夫婦が参加人との交流を控えることが示され,被相続人夫婦のみで生活を維持するのが困難であるために受入れざるを得なかったこと,これを受け入れた結果として同年1月20日に参加人に対して参加人を不快にさせる電話をしたことを申し訳なく思っている旨を述べたうえで,参加人に対して,本件手紙を受領したことを内密とするように求め,その理由として被相続人が参加人に手紙を送付したことが発覚すると気性の強い原告が何を言い出すかわからず,被相続人夫婦の生活維持が危うくなる旨を述べた。

3 争点に関する判断
(1)封筒文言が本件遺言に含まれるか否かについて

 前記前提事実によれば,封筒文言は,被相続人により本件封筒の裏面に記載されていたこと,本件封筒は,遺言書本文が封緘され,被相続人による表題記載,住所等記載がされ,本件封印がされたものであったことが認められる。
 以上によれば,本件封筒と遺言書本文は一体のものとして作成されたと認められるから,封筒文言は,遺言書本文の記載と同様に本件遺言に含まれる。

 これに対して,原告は,自筆証書遺言の内容は本文の記載によって確定するものであり,他の書面や封筒の記載により遺言の内容が変更されるものではないとして,封筒文言により遺言が停止条件付遺言に変更されることはない旨を主張するが,本件においては,本件封筒が遺言書本文と併せて遺言書の本文を構成するものと認められるものであるから,原告の主張は採用できない。

(2)本件遺言の効力について
 前記のとおり,封筒文言は本件遺言に含まれるところ,同文言が本件遺言の全部について被相続人の死亡時に亡Cが生存していることを停止条件として定めたものか否かについて,本件遺言の解釈が問題となる。

 遺言の解釈にあたっては,遺言書の文言を形式的に判断するだけでなく,遺言者の真意を探求すべきものであり,遺言書が多数の条項からなる場合にそのうちの特定の条項を解釈するにあたっても,単に遺言書の中から当該条項のみを他から切り離して抽出し,その文言を形式的に解釈するだけでは十分ではなく,遺言書の全記載との関連,遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況なども考慮して遺言者の真意を探求し,当該条項の趣旨を確定すべきものであると解するのが相当である。

 これを本件について検討すると,前記前提事実及び前記認定事実のとおり,原告が被相続人の長女であり,参加人は被相続人の長男であること,被相続人夫婦は,体調悪化により生活を維持することが困難となり,平成24年に原告に対して助力を求め,原告条件を承諾して同年以降,原告から本件生活援助を受けていたこと,平成24年当時,被相続人夫婦がいずれも80歳を超える高齢であったこと,被相続人が平成24年12月に参加人に対して本件手紙を送付したこと,原告が遺言書本文及び本件封筒を平成25年12月に作成したこと,遺言書本文が亡Cに対する遺贈を多数含み,亡Cが生存していることを前提に,被相続人の死後に亡Cの生活がどのようになるかについて大変心配しており,亡Cが平穏に生活できるように配慮を求める内容(末尾条項)を含んでいたこと,遺言書本文の内容が原告に本件自宅の共有持分及び本件預金等を遺贈し,祭祀承継者に指定するものである一方,参加人には履行済みの相続時精算課税を行った旨の記載のみであり,新たな遺贈を含まないものであることが認められる。

 以上によれば,被相続人は,本件遺言作成の前年である平成24年当時に,被相続人夫婦ともに体調を崩し,高齢であるために家族による生活援助なしに生活の維持が困難な状況に陥っていたものであり,リフォーム等の物質的負担に加えて長男である被告との交流を控えるように求める点において被相続人の行動の自由を制約する内容を含む原告条件を了承してまでも原告から本件生活援助を受けざるをえない状況にあったことが認められる。

また,被相続人は,同年末の本件手紙の送付に当たっても,被相続人が参加人との関係改善を望みながらも,原告に同手紙の送付が発覚した場合に本件生活援助が停止されて生活維持ができなくなることを危惧して本件手紙の送付自体を原告に対し秘匿しており,原告条件により真意に反して参加人との交流を制限されながら,本件生活援助を受け続けるために原告に対して表面的には原告の意に沿う態度をとっていたことが認められる。

以上に加え,遺言書本文が,亡Cが生存していることを前提に,被相続人の死亡後の生活の平穏を何よりも心配し,配慮を求める旨の内容であったことからすれば,被相続人が,自身の死後においても,配偶者である亡Cが生存している場合には亡Cのために本件生活援助が継続される必要性を強く感じていたことが認められる。

 そうすると,被相続人は,被相続人の死亡時に亡Cが生存していた場合に限って,原告から亡Cに対する本件生活援助を継続してもらう必要があるために,原告の意に沿い,原告を満足させる内容の遺言をする強い動機があったものと認められるところ,遺言書本文は,原告に対して本件自宅の共有持分及び本件預金を遺贈する点,参加人には新たな遺贈を行わない点等において,原告と参加人の間においては原告に一方的に有利な内容であるといわざるをえない。

 以上を総合すると,封筒文言は,被相続人が死亡した際に亡Cが生存していることを本件遺言全部の停止条件とする趣旨の条項であると認めるのが相当である


(3)これに対して,原告は,封筒文言は,封筒の裏に付記されたものであり,被相続人が,被相続人より先に亡Cが死亡した場合に新たに遺言書を作成する必要があるという認識を記載したものに過ぎない旨を主張する。この点,確かに,亡Cが死亡していた場合に遺言を無効とする意思を有していたのであれば,封筒の裏ではなく遺言書本文中に,例えば亡Cが死亡していた場合には本件遺言は無効とし,兄妹を平等に取り扱う旨等を記載すればよく,係る記載がないのは不合理とも考えられる。

 しかし,前記のとおり,被相続人は,自身の死亡時に亡Cが生存していた場合に,原告の意に沿う遺言書を遺すことにより,原告を満足させ,原告から亡Cに対する本件生活援助を継続させることを目的として遺言書本文を作成したものであると考えられるところ,被相続人が遺言書本文中に直截に亡Cが死亡していた場合には原告に有利な扱いは効力を失う旨の記載をした場合には,原告の感情を害する可能性があり,たとえ被相続人死亡時に亡Cが生存しており,原告に有利な遺言書の適用がされた場合であっても,本件生活援助が打ち切られる等,上記目的を達成できず,亡Cに対する不利益が及ぶ可能性を生ずることを心配したことは十分に考えられるところである。

 そうすると,被相続人が本件遺言の停止条件を本文中に記載せず,封筒文言の記載により行ったことは不合理といえず,原告の主張は採用できない


(4)以上のとおり,本件遺言は,被相続人の死亡時に亡Cが生存していることを停止条件としたものであると認められるところ,前記前提事実のとおり,亡Cが被相続人の生前に死亡したことにより条件が成就しないことが確定し,効力を失ったものと認めるのが相当である。
 したがって,本件遺言に基づく原告の請求には理由がない。

4 前記第3の3のとおり,本件遺言は効力を有さないところ,前記前提事実のとおり,被相続人の法定相続人は子である原告と参加人であるから,原告と参加人が本件預金を準共有していることが認められる。
 したがって,参加人の請求には理由がある。

5 その他に,原告の準備書面におけるその他の主張及び提出証拠等を改めて十分検討しても,上記判断を左右するに至らない。上記判断に反する原告の主張は,いずれも採用することができない。

6 結論
 よって,原告の請求には理由がないから棄却することとし,参加人の請求には理由があるから,これを認容することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第25部
裁判官 杉森洋平

(別紙)預金目録
金融機関名 株式会社三井住友銀行
支店名 B支店
預金種別 普通預金
口座名義人 A
口座番号 ○○○○○○○
以上