小松法律事務所

介護保険の標準報酬額を基準に寄与分を認めた高裁決定紹介


○「介護保険の標準報酬額を基準に寄与分を認めた家裁審判紹介」の続きで、その抗告審である平成29年9月22日東京高裁決定(家庭の法と裁判21号97頁)全文を紹介します。

○原審平成29年5月31日横浜家裁川崎支部審判(ウエストロージャパン)は、抗告人の約4538万円の寄与分の主張に対し、要介護者の療養監護については,介護保険制度により,要介護度に応じて定められた標準報酬額の負担のみで一定の介護サービスを受けることができるから,寄与分を算定するに当たっては,介護保険の標準報酬額を基準にするのが相当として約655万円しか認めなかったため、抗告人が抗告していました。

○平成29年9月22日東京高裁決定(家庭の法と裁判21号97頁)も、被相続人の要介護度に応じた要介護認定等基準時間の訪問介護費に、被相続人が要介護認定を受けた期間からショートスティの利用日数を控除して、ディサービスの利用日数を半日として算出した療養看護の日数を乗じたものに、裁量的割合として0.7を乗じて寄与分の算定した原審を相当とした上、痰の吸引という医療行為については、訪問介護費より高額な訪問看護費を基準として寄与分を算定し、寄与分を約759万円に増額しました。

○抗告人は、寄与分の算定に当たり,被相続人の要介護度に対応する介護認定等基準時間の訪問介護費に日数を乗じる方法によることは不当であり,抗告人が被相続人に対してした介護行為及び所要時間について個別具体的な判断がされるべきであると主張しましたが、具体的個別的介護状況についての立証がないとして排斥されています。

○私の両親も晩年要介護状態となりましたが、要介護3を超えると素人の自宅介護は困難となり、介護施設に入所しました。本件では要介護5になっても抗告人が自宅介護を継続しており、相当苦労したと思われます。抗告人としては、介護保険の標準報酬額を基準を一律に当てはめた金額での寄与分算定には到底納得できないでしょう。しかし、実際介護状況の具体的個別的判断となるとその立証が極めて困難です。裁判所に認定して貰うための詳細な介護記録作成が必要です。

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主    文
1 原審判を次のとおり変更する。
(1) 抗告人の寄与分を759万3530円と定める。
(2) 被相続人の遺産を次のとおり分割する。
ア 相手方は,原審判の別紙遺産目録記載1(1)及び同2(1)の各不動産を単独取得する。
イ 抗告人は,同目録記載1(2)及び(3)並びに同2(2)の各不動産を単独取得する。
ウ 抗告人は,同目録記載3の預貯金を単独取得する。
エ 抗告人は,相手方に対し,イ及びウの遺産取得の代償として,2861万7566円を支払え。
2 手続費用は,原審及び当審を通じて各自の負担とする。

理    由
第1 抗告の趣旨及び理由
 抗告の趣旨及び理由は,別紙「抗告状(遺産分割,寄与分即時抗告)」及び「抗告理由書」に記載のとおりである。

第2 事案の概要
 被相続人Cは,平成26年○月○日に死亡し,その相続人は,子である抗告人及び相手方であり,その法定相続分は各2分の1である。
 相手方は,平成27年○月○日,抗告人を相手方として,横浜家庭裁判所川崎支部に被相続人の遺産分割調停を申し立てたが,平成28年○月○日,調停は不成立となって審判に移行した。

 横浜家庭裁判所川崎支部は,抗告人申立てに係る寄与分を定める処分申立て事件(平成28年(家)第660号)を併合して,平成29年○月○日,被相続人の遺産を,相続開始時及び分割時において6607万2398円であると評価した上,抗告人には655万0145円の寄与分が認められるとして,相手方の具体的相続分は,被相続人の遺産の評価額から寄与分を差し引いた金額の2分の1である2976万1127円であり,抗告人の具体的相続分は,2976万1127円に655万0145円を加算した3631万1272円であるとし,分割方法については,当事者の希望に従って,相手方が原審判の別紙遺産目録記載1(1)及び2(1)の各不動産を取得し,抗告人がその余の遺産を全て取得し,抗告人が相手方に対して代償金として2913万9258円を支払う旨の審判(以下「原審判」という。)をしたところ,抗告人が,寄与分の算定を不服として即時抗告した。

第3 当裁判所の判断
1 相続開始,相続人及び法定相続分,遺産の範囲及び評価については,原審判の「理由」欄の1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する。

2 寄与分について
(1) 認定事実

 一件記録に基づき当裁判所が認定した事実は,次のとおり原審判を補正するほか,原審判の「理由」欄の3(1)に記載のとおりであるから,これを引用する。
 (原審判の補正)
ア 原審判2頁24行目の「平成22年○月○日,要介護4と認定された。」を「遅くとも平成21年○月○日には要介護4と認定されていた。」と改める。
イ 原審判3頁2行目の「同年○月○日」を「同年○月○日」と改める。
ウ 原審判5頁2行目の「摘便を行い,」の次に「平成23年○月以降は,」を加える。

(2) 寄与分の算定については,原審判6頁8行目の「訪問看護費」を「訪問介護費」に改め,後記(3)ないし(5)のとおり判断を補充するほか,原審判の「理由」欄の3(2)アないしオ,キに記載のとおりであるから,これを引用する。

(3) 寄与分についての抗告人の当審における主張
ア 寄与分の算定に当たり,被相続人の要介護度に対応する介護認定等基準時間の訪問介護費に日数を乗じる方法によることは不当であり,抗告人が被相続人に対してした介護行為及び所要時間について個別具体的な判断がされるべきである。
イ 介護認定等基準時間を採用するとしても,要介護5の場合の介護認定等基準時間は110分以上とされており,上限がないにもかかわらず,一律に120分以上150分未満の最低の介護報酬を採用することは不当である。
ウ 抗告人は,被相続人が,ショートステイに出掛ける日及び戻ってきた日には一定の介護をしており,デイサービスを利用した日も通常の6割相当の介護をしているから,ショートステイを利用した日の全額を除外し,デイサービスを利用した日を半日として算定することは不当である。
エ 抗告人は,割増の報酬が加算される早朝や夜間にも介護をしているが,このことを考慮しないのは不当である。
オ 抗告人は,痰の吸引及び摘便という医療行為もしていたから訪問看護費として算定される部分もあるはずである。
カ 抗告人が被相続人の介護をしなければ,被相続人は,第三者に対して介護を依頼し,これに対して報酬を支払わなければならなかったこと,抗告人が被相続人から支払を受けた生活費は132万3623円に過ぎないことからすれば,抗告人がした介護に対応する報酬相当額に対し,裁量的割合として0.7を乗じて寄与分を算出することは相当でない。

(4) 抗告人の当審における主張に対する判断
ア 抗告人は,抗告人がした介護の内容や所要時間を具体的に検討すべきである,被相続人がショートステイやデイサービスを利用した日についても原審判が認定した以上の介護をしていると主張する。

 しかしながら,被相続人は,遅くとも平成21年○月○日から平成22年○月○日まで要介護4,同年○月○日から要介護5と認定されていたところ(認定事実ア),要介護度の認定がされている場合に,被相続人の要介護度に対応する要介護認定等基準時間の訪問介護費に療養看護の日数を乗じる方法は,要介護5の場合に,その介護時間を120分以上150分未満とみることも含めて,被相続人に対して看護又は介護の資格を有している者が介護するのに要する時間を算定する方法として,一定の合理性があるというべきである。

 被相続人は,平成22年○月頃の時点では,食事,排尿・排便等ほとんどの生活機能に全介助を要する状態であり(認定事実イ),抗告人は,同年○月○日以降,被相続人の介護をヘルパー任せにせず,食事及び給水の介助,痰の吸引,摘便をするなど熱心に被相続人の介護をしていたことが認められるものの(認定事実エ),被相続人は,要介護度に応じて,原則として一日合計60分の訪問介護,週に1回の訪問看護,訪問入浴,デイサービス,ショートステイという有資格者による介護等も継続的に利用していたことからすれば(認定事実ウ),施設入所者に提供される介護と在宅介護との間には,その質及び量に差があることを考慮したとしても,有資格者が被相続人に対してした介護に上乗せする形で抗告人がした介護に要した時間及びそれを有資格者が被相続人の症状に応じて行った場合に1日当たり要する合理的で適切な時間が,原審判が認定した要介護4の際には90分以上120分未満,要介護5の際には120分以上150分未満を超えるものであったと認めるに足りる適確な資料はない。

 また,被相続人がショートステイやデイサービスを利用した日の抗告人の介護についても,有資格者が被相続人の症状に応じて行った場合に要する合理的で適切な時間が,原審判の認定を超えるものであったことを認めるに足りる適確な資料もない。
 したがって,抗告人がした具体的な介護に基づいて介護報酬を算定すべきとの抗告人の主張は採用できない。

イ 抗告人は,早朝や夜間にも被相続人の介護をしているから,報酬に割増加算をすべきである旨主張する。

 先ず,抗告人が,早朝や夜間に被相続人の介護をしたか否か及び介護に要した時間を認めるに足りる適確な資料はない。
 また,そもそも,被相続人と相続人の身分関係に基づいて通常期待されるような程度の貢献は相続分自体において評価されているというべきであり,寄与分は,これを超える特別の貢献をした場合に,相続人の行為によって被相続人の財産が減少することが防止できた限度で認められるものであって,相続人が,被相続人の療養看護をした場合であっても,相続人が行った介護について被相続人に対する報酬請求権を認めるものではないから,相続人がした全ての介護行為について,被相続人が資格を有する第三者に介護を依頼した場合と全く同額の報酬相当額を寄与分として算定することは相当ではない。

 被相続人と同居していた子である抗告人が行った介護行為の一部は通常期待される範囲内のものということができるから,仮に,抗告人が,早朝や夜間に被相続人の介護をしたことがあったとしても,抗告人が被相続人に対してした一切の介護行為及び所要時間について,有資格者である第三者が介護した際と全く同様の報酬基準で寄与分を算定しなければ不当であるとはいえない。


 このような点も併せ考えると,上記のように適確な資料のない早朝や夜間の介護について割増加算をすべきとの抗告人の主張は採用できない。

ウ 抗告人は,抗告人がした被相続人に対する痰の吸引という医療行為については,訪問介護費より高額な訪問看護費として算定されるべきであると主張する(なお,抗告人は,摘便行為については,当初から寄与分算定に入れていない。)。
 抗告人は,平成23年○月から被相続人が亡くなる平成26年○月○日まで痰の吸引を行っていたと認められるところ(認定事実エ),その所要時間及び回数を認めるに足りる適確な資料はないものの,ショートステイ及びデイサービスの利用がなく,週に1回の訪問看護のない日は,抗告人以外の者が痰の吸引をすることはできなかったから,痰の吸引という行為の性質上,抗告人は,少なくとも1日1回は,被相続人の痰の吸引をしていたものと推認される。

 平成23年○月から平成26年○月○日までの1152日中,週に1回の訪問看護の日を除くと987日(1152÷7×6)であり,デイサービスの利用日は329日,ショートステイの利用日は135日であった(調査報告書)から,デイサービスもショートステイも利用しなかった療養看護の日数は523日と算出される。

 そうすると,抗告人が行った被相続人の痰の吸引について,これを有資格者に依頼すると,少なくとも,療養看護日数である523日に訪問看護費の最小の単位である20分未満に対する看護報酬である2850円(乙11)を乗じた149万0550円の報酬を支払う必要があったというべきである。

エ 報酬額に裁量的割合として0.7を乗じて寄与分を算出した判断について
 前記のとおり,被相続人と相続人との身分関係に基づいて通常期待されるような程度の貢献は相続分自体において評価されているというべきであるところ,抗告人は被相続人の子であって,抗告人がした介護等には,被相続人との身分関係に基づいて通常期待される部分も一定程度含まれていたとみるべきこと,抗告人は,被相続人所有の自宅に無償で居住し,その生活費は被相続人の預貯金で賄われていたこと,被相続人は,第三者による介護サービスも利用していたことからすれば,原審判が,第三者に介護を依頼した際に相当と認められる報酬額に裁量的割合として0.7を乗じて寄与分を算出したことが不当であるとはいえず,抗告人の主張は採用できない。

(5) 寄与分の算定
 被相続人が要介護4の認定を受けていた期間における寄与分は,要介護4の介護報酬6670円に80日を乗じ,これに0.7を乗じた37万3520円になり,被相続人が要介護5の認定を受けていた期間における寄与分は,要介護5の介護報酬7500円に1176.5日を乗じ,これに0.7を乗じた617万6625円になる。

 抗告人がした医療行為についての寄与分は,前記(4)ウで算出した149万0550円に裁量的割合である0.7を乗じると104万3385円になる。これらを合計すると,抗告人の寄与分は759万3530円と算定される。

4 具体的相続分
 以上によれば,抗告人及び相手方の具体的相続分は次のとおりになる(1円未満四捨五入。以下同じ。)。

(1) 抗告人の相続分
 (6607万2398円-759万3530円)×1/2+759万3530円=3683万2964円
(2) 相手方の相続分
 (6607万2398円-759万3530円)×1/2=2923万9434円

5 遺産の分割方法
 遺産の分割方法についての当事者の希望は,原審判の「理由」欄の5(1)に記載のとおりである。
 そうすると,遺産の分割方法については,当事者の希望に従って,不動産及び預貯金をそれぞれ希望する当事者に取得させ,抗告人が相手方に代償金を支払う方法によることが相当である。なお,これによれば,抗告人は,代償金の支払額を超える預貯金を取得することになるから,代償金の支払能力を有することは明らかである。

 以上によれば,抗告人は合計6545万0530円に相当する不動産及び預貯金を,相手方は合計62万1868円に相当する不動産をそれぞれ単独取得し,抗告人は,相手方に対し,代償金として2861万7566円(6545万0530円-3683万2964円=2861万7566円)の支払義務を負うこととなる。

6 よって,原審判を前記の限度で変更し,主文のとおり決定する。
 東京高等裁判所第23民事部  (裁判長裁判官 垣内正 裁判官 内堀宏達 裁判官 小川理津子)