指定相続分零の相続人は特別寄与料負担義務も零とした高裁決定紹介
○抗告人(申立人)は、相手方に対し、相当額の特別寄与料の支払を求める調停を申し立てたが、この調停が不成立となって審判手続に移行し、原審が、抗告人の申立てを却下する旨の審判をしたところ、抗告人が即時抗告しました。
○これに対し、抗告審名古屋高裁も、本件において、被相続人の所有する財産全部をbに相続させる旨の本件遺言は、bの相続分を100と、相手方の相続分を0とする相続分の指定の趣旨を含んでいるから、相手方の指定相続分は0となり、相手方は特別寄与料を負担しないというべきであるとして、本件抗告を棄却しました。
○私の疑問も、抗告理由2と同じで、本件で相手方の遺留分4分の1は明らかであるところ、遺言で相手方に4分の1を相続させるとした場合、相手方はその割合で特別寄与料負担義務を負うのに、遺言で相続分零とされた場合は、相手方は遺留分4分の1を請求しても、特別寄与料負担義務がないというが、不公平ということでした。
○これに対し名古屋高裁は、指定相続分がない者とある者について異なる取扱いをすることは、相続人間の公平を図る民法1050条5項の趣旨と相容れないものではないとして一蹴しています。
○具体例で、遺産4000万円の価値がある場合、相続分零と指定された相手方は遺留分侵害額1000万円をbから回収できますが、特別寄与料が仮に1000万円と認められた場合でも特別寄与料負担義務はありません。しかし、遺言で相続分4分の1と指定された場合、相続分として1000万円取得できますが、そのうち特別寄与料4分の1相当額250万円を長男妻に対し支払わなければならず、実質取得分は750万円になります。この結果は、どう考えても不公平と思うのですが。
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主 文
1 本件抗告を棄却する。
2 抗告費用は抗告人の負担とする。
理由の要旨
第1 抗告の趣旨
1 原審判を取り消す。
2 相手方は、抗告人に対し、特別寄与料として相当額を支払え。
第2 事案の概要
抗告人は、相手方に対し、相当額の特別寄与料の支払を求める調停を申し立てたが、この調停が不成立となって審判手続に移行した。
原審が、抗告人の申立てを却下する旨の審判(原審判)をしたところ、抗告人が即時抗告したのが本件である。
前提事実、争点及び当事者の主張は、原審判の「理由」中の第1、2及び3に記載のとおりであるから、これ(原審判別紙を含む。)を引用する。ただし、原審判2頁2行目の「当庁に対し、」を「名古屋家庭裁判所に、」と、19行目の「当該相続分の」を「当該相続人の」とそれぞれ改める。
第3 抗告の理由
1 相続人のうちの一人に対して財産全部を相続させる旨の遺言がある場合に、他の相続人が特別の寄与に関する調停の成立時又は審判の審理終結日までに遺留分侵害額の請求を行った場合には、民法1050条5項の適用上、当該他の相続人の指定相続分を遺留分割合とみなすのが相当である。
本件において、相手方は、原審判の審理終結日である令和4年1月20日以前の令和3年3月5日付けで、抗告人に対し、遺留分侵害額の請求をし、その頃、抗告人に到達したから、民法1050条5項の適用上、相手方の指定相続分を遺留分割合である4分の1とみなすべきである。
このことは、
〔1〕民法1050条5項の趣旨は、特別寄与者の貢献によって維持又は増加した相続財産をその相続分に従って承継した各相続人は、公平の見地から、相続財産に関する負担である特別寄与料も相続分に応じて負担すべき点にあるところ、遺留分侵害額の請求を行った相続人も、特別寄与者の貢献によって維持又は増加した相続財産に由来する財産を遺留分割合に従って承継したといえること、
〔2〕相続人のうちの一人に対して財産全部を相続させる旨の遺言があり、他の相続人が遺留分侵害額の請求をした場合には、他の相続人に特別寄与料を全く請求できない一方、相続人のうちの一人に4分の3を、他の相続人に4分の1を相続させる旨の遺言がある場合には、他の相続人に特別寄与料を請求できることになるのは、相続人間の公平を図る同条5項の趣旨と相容れないことになって不当であること、
〔3〕遺留分侵害額の請求が特別の寄与に関する調停又は審判の後になされる場合には、特別寄与者に不利益になり得るとしても、後に遺留分侵害額の請求がされる余地があることを考慮しないで特別の寄与に関する調停を成立又は審判を確定させた者が不利益を甘受することはやむを得ないのであって、これを理由に遺留分権利者に対する特別寄与料を否定することは不当であること、
〔4〕同条3項は、家庭裁判所は一切の事情を考慮して特別寄与料の額を定める旨規定するところ、ここにいう一切の事情には各相続人の遺留分も含まれると解されており、そうであるのに相続人のうちの一人に対して財産全部を相続させる旨の遺言がある場合に他の相続人の遺留分を全く考慮しないのは均衡を失し、不当であること
からも、明らかである。
2 抗告人は、被相続人の療養看護を行ったから、要介護2の報酬相当額である日額6232円に介護日数2259日を乗じた1407万8088円に裁量的割合を乗じた額の特別寄与料が認められるべきである。
第4 当裁判所の判断
1 民法1050条5項は,「相続人が数人ある場合には、各相続人は、特別寄与料の額に第900条から第902条までの規定により算定した当該相続人の相続分を乗じた額を負担する。」と定め、同法900条は法定相続分の、同法901条は代襲相続人の相続分の、同法902条は遺言による相続分の指定の規定であるから、各相続人は、相続分の指定がされていないときは法定相続分により、相続分の指定がされているときは指定相続分の割合により、特別寄与料の支払義務を負うことになる。
その趣旨は、相続分の指定がされている場合には、各相続人がその指定相続分に応じて特別寄与料を負担するのが相続人間の公平に適うものと考えられるためであり、これにより、相続分の指定により一切財産を相続しない者が特別寄与料の支払義務のみを負担することを避けることにあると解されている。
本件において、被相続人の所有する財産全部をbに相続させる旨の本件遺言は、bの相続分を100と、相手方の相続分を0とする相続分の指定の趣旨を含んでいるから、相手方の指定相続分は0となり、相手方は特別寄与料を負担しないというべきである。
2 抗告人は、前記第3、1のように主張する。
しかし、
〔1〕については、遺留分権利者は、受遺者に対して遺留分に関する権利を行使する旨の意思表示をすることによって、受遺者に対して遺留分侵害額に相当する金銭債権を取得するのであって、相続財産を承継するものではないこと、
〔2〕については、指定相続分がない者とある者について異なる取扱いをすることは、相続人間の公平を図る民法1050条5項の趣旨と相容れないものではないこと、
〔3〕については、遺留分侵害額の請求が特別の寄与に関する調停又は審判に先行するか後行するかによって取扱いが変わることは相当でないこと、
〔4〕については、特別寄与料の額を定めるに当たって各相続人の遺留分を考慮するか否かの問題と、指定相続分を有しない者が遺留分割合の限度で指定相続分を有するとみなすか否かの問題は別であることをそれぞれ指摘することができ、
これらの抗告人の主張は前記1の判断を左右するものではない。
3 したがって、前記第3、2の抗告理由について判断するまでもなく、抗告人の申立ては理由がない。
第5 結論
よって、抗告人の申立てを却下した原審判は相当であって、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり決定する。
(名古屋高等裁判所民事第1部)