小松法律事務所

遺留分放棄許可審判の取消申立を却下した家裁審判紹介


○遺留分放棄の申立(現行民法第1049条「相続の開始前における遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限り、その効力を生ずる。」)について相談を受け、申立を許可した裁判例を探しているのですが、現時点では、申立却下例は数件あるところ、「相続開始前遺留分放棄申立許可要件について-許可申立認容例紹介」で紹介した平成15年7月2日東京高裁決定(家庭裁判月報56巻2号136頁)1件以外に見つかっていません。

○遺留分放棄申立がいったん許可された審判について取消申立をした例で、その申立が却下された昭和58年6月13日東京家裁審判(家庭裁判月報36巻8号109頁)全文を紹介します。いったん遺留分放棄許可審判を受けてもその後の事情変更によって遺留分放棄の状態を維持することが客観的に観て不合理となった場合は家裁は遺留分権利者の申立により放棄許可審判の取消・変更ができるとされています(昭和58年9月5日東京高裁決定)が、本件では、取り消すほどの事情変更は認められないとして却下されました。

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主   文
本件申立てを却下する。

理   由
一 申立ての要旨

(一) 申立ての趣旨
 東京家庭裁判所昭和50年(家)第8253号遺留分放棄許可事件について、昭和50年11月25日同裁判所がなした許可の審判を取り消す。

(二) 申立ての実情
 申立人は、被相続人とAとの間の非嫡出子として昭和3年11月22日に出生し、Aの養子となつていたが、昭和19年9月6日被相続人と養子縁組し、以後被相続人に養育されて成人し、大学卒業後、昭和27年11月13日婚姻するまで被相続人と同居してきたものであるところ、申立人が勤務したことのある○○工務店が土地を購入するに際し、同店がその代金の融資を受けた際、その借入金2500万円につき連帯保証したが、申立人には不動産その他特別の財産はなく、仮に被相続人について相続が開始し、申立人が相続財産(600平方メートル余の土地及びその地上の2棟の建物が主たるもの)の一部を相続した場合は、これに対して債権者から強制執行を受け、申立人の相続財産が他へ移転し、相続財産の土地及び建物を利用している申立人の弟妹の生活が混乱することとなるとして、昭和50年11月17日東京家庭裁判所に遺留分放棄の許可の申立てをし、同月25日その許可の審判(以下「本件許可審判」という。)を得た。

しかしながら、その後、○○工務店が前記2500万円を弁済したため、申立人の連帯保証債務も消滅した。また、被相続人は、本件許可審判がなされる前、申立人にも相続財産の一部を遺贈する旨の遺言書を作成しているが、本件許可審判後もこの遺言を撤回する遺言又はこれと抵触する遺言はなされておらず、かつ、被相続人は、現在83歳の高齢に達しており、判断能力が著しく減弱しているので、遺言をする能力もない。よつて、本件許可審判の取消しを求める。

二 当裁判所の判断
 本件及び東京家庭裁判所昭和50年(家)第8253号遺留分放棄許可事件の各記録中の各資料及び申立人に対する審問の結果によれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 申立人は、一の(二)の申立ての実情において遺留分放棄の理由として摘記したところと同趣旨の理由を申立書の申立ての実情欄に記載し、昭和50年11月17日東京家庭裁判所に被相続人の相続財産に対する遺留分放棄の許可の申立てを行い、同日25日本件許可審判がなされたこと。

(二) 申立人は、本件許可審判の際、家事審判官の審問を受け、「申立ての実情は、申立書のとおりである。申立人自身生活の基盤は十分にできており、相続する意思は全くないので、被相続人とも相談の上、本件申立てをした。遺留分放棄は申立人の真意である」旨述べていること。

(三) 申立人は、有限会社○○工務店の経理担当取締役をしていた関係で、同社が土地を購入するに当たり金融機関から2500万円の融資を受けた際、この借入金債務について連帯保証したが、この借入金債務は、本件許可審判後現在までに同社が完済したこと。

 以上(一)及び(二)に認定の事実によれば、申立人が遺留分放棄許可の申立てをするに至つた理由としては、申立人が有限会社○○工務店の借入金債務について連帯保証をしたことにより、被相続人について相続が開始した場合、申立人が取得する相続財産に対し強制執行を受ける可能性があると考えたこと、申立人自身の生活基盤が十分にできていることの二点にあつたと認められるが、このうち後者については、本件許可審判後事情の変更があつたとは認められないし、前者についても、有限会社○○工務店が前記借入金債務を完済することにより、申立人のこれについての連帯保証債務も消滅することがあり得ることは、同社の経理担当取締役であつた申立人においては、遺留分放棄の許可の申立て当時から当然に予測し得たはずであるから、本件許可審判後に有限会社○○工務店が前記借入金債務を完済し、これに伴い、申立人の連帯保証債務が消滅したからといつて、本件許可審判を取り消さなければならないほどの事情の変更があつたものということはできない。

 また、申立人は、本件許可審判取消の理由として、「被相続人は、本件許可審判がなされる前、申立人にも相続財産の一部を遺贈する旨の遺言書を作成しているが、本件許可審判後もこの遺言を撤回する遺言又はこれと抵触する遺言をしておらず、かつ、被相続人は、現在83歳の高齢に達しており、判断能力が著しく減弱しているので、遺言する能力もない」旨も主張しているが、これが本件許可審判の取消しの理由に該らないことは明らかである。
 よつて、本件申立ては理由がないのでこれを却下することとし、主文のとおり審判する。