遺留分放棄許可申立て手続代理人弁護士への損害賠償請求事件地裁判決紹介1
○事案概要は、原告が、原告の実父Cの相続財産に対する相続開始前の遺留分放棄の申立手続について、被告弁護士との間で委任契約を締結し、遺留分放棄申立をしてその許可審判を得たたところ、被告が、原告の手続代理人として本件申立手続を行うに当たり、
〔1〕原告と利益相反関係にある亡Cの相続に関する相談を受けていたことを原告に説明しなかった、
〔2〕亡Cの財産の調査義務を懈怠した、
〔3〕原告が亡Cから受領した3000万円では原告の遺留分には全く及ばない事実を認識していたのにこれを原告に説明しなかった
として、善管注意義務違反ないし注意義務違反があったとして、被告に対し、選択的に債務不履行(民法415条)又は不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求として、合計6147万6547円のうち一部請求として1000万円したものです。
○原告は、被告弁護士には、亡C生前に同人から相続に関する相談を受けており、亡Cは、原告が亡Cの相続財産に対する遺留分を放棄することにより、自由に処分できる遺産の範囲が拡大する利益を有することから、原告と利益が相反する立場にあるのにこれを怠ったので、利益相反に関する説明義務違反があると主張しました。遺留分放棄の申立は、相続後の争いを一切なくすために、事実上、被相続人から依頼される場合が多く、被相続人と推定相続人が共同で依頼することが多くあります。
○遺留分放棄申立は民法第1049条で「相続の開始前における遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限り、その効力を生ずる。」としか規定されていませんが、その許可を得るためには、生前に遺留分相当額の財産が申立人に与えられているなど合理的な理由があることが要件になっています。従って申立書にはその合理的理由を主張し、且つ、立証して行う必要があります。この合理的理由は、被相続人と推定相続人との間で正に利益相反関係になります。
○ですから事実上被相続人と推定相続人の共同で遺留分放棄申立をする場合は、その利益相反について説明し、納得の上で依頼することの確認を取る必要があります。これまで何件か遺留分放棄申立事件の依頼を受けていますが、利益相反行為説明及び確認の書面を取ったことはなく、ヒヤッとしました。現在、遺留分放棄許可申立を被相続人から相談されている事案があり、推定相続人から依頼を受ける際は、説明及び確認書面を取るべきと痛感しました。
○原告は、さらに被告弁護士には、亡Cの財産調査義務を怠り、許可を得る合理的理由としての3000万円生前贈与だけでは遺留分相当額には到底及ばないことを認識していたのにこれを怠ったことを、債務不履行・不法行為の理由としています。原告の主張では亡C財産は約5億1885万円あり、その遺留分相当額は約9147万円あるところ、生前贈与3000万円だけで遺留分放棄許可されており、その差額6147万円の損害を受けたとしています。
○これが前記利益相反が実現し利害対立状況となったものです。被告弁護士には亡Cの全財産を調査する権限もなく正確な財産を把握することはできません。従って遺留分放棄申立を依頼されるに当たっては、亡Cの財産について、弁護士として把握した亡Cの申立当時財産額は、これだけでありこれを前提としての合理的理由による遺留分放棄申立を行うことに依頼者が納得の上で行うことの確認書面を取る必要があります。申立後に申立時の事情が変化し、遺留分放棄状態を維持することが客観的に不合理となった場合は、家裁は申立により遺留分放棄許可審判の取消・変更ができることも説明した方が良いでしょう(昭和58年9月5日東京高裁決定、判時1094号33頁)。
○最終的に被告弁護士への請求は棄却されましたが、ヒヤッとする訴訟であり、別コンテンツで紹介します。