小松法律事務所

養親からの包括受遺者提起養子縁組無効の訴えの利益を認めた高裁判決紹介


○「養親からの包括受遺者提起養子縁組無効の訴えを却下した家裁判決紹介」の続きで、その控訴審である平成30年4月12日高松高裁判決(金融・商事判例1569号18頁、家庭の法と裁判21号57頁)全文を紹介します。

○亡Cの自筆証書遺言により包括遺贈を受けたと主張する控訴人が、第1審被告亡Yに対し、CとYとの間の養子縁組の無効確認を求めたところ、原審が、控訴人はCとYとの間の養子縁組が無効であることにより自己の身分関係に関する地位に直接影響を受ける者に当たらないから、訴えの利益がないとして、控訴人の訴えを却下しました。

○控訴審判決は、Cの包括受遺者という地位は、本件養子縁組の養親であるCの相続に関する法的地位であるといえるから、自己の身分関係に関する地位に直接影響を受ける者に当たるというべきであり、本件において、控訴人は、本件養子縁組無効確認訴訟につき、訴えの利益を有すると解するのが相当であるとして、原判決を取り消し、本件を徳島家庭裁判所に差し戻しました。

○本件は、上告されて、控訴審判決が覆されましたので、別コンテンツで紹介します。

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主   文
1 原判決を取り消す。
2 本件を徳島家庭裁判所に差し戻す。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
主文同旨

第2 事案の概要
1 事案の要旨

(1) 本件は,亡Cの自筆証書遺言により包括遺贈を受けたと主張する控訴人が,第1審被告亡Yに対し,CとYとの間の養子縁組の無効確認を求めた事案である。
(2) 原審は,控訴人はCとYとの間の養子縁組が無効であることにより自己の身分関係に関する地位に直接影響を受ける者に当たらないから,訴えの利益がないとして,控訴人の訴えを却下した。控訴人は,これを不服として控訴を提起した。
 第1審被告のYは,原判決後に死亡したため,人事訴訟法26条2項により検察官(高松高等検察庁検事長)が本件訴訟手続を受継し,Yの妻であるZが,当審において被控訴人に補助参加した(以下,Zを単に,「補助参加人」という。)。

2 前提事実
 以下の事実は,末尾の括弧内掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる。
(1) 当事者及び関係者の身分関係
ア Cは,大正13年○月○日,Dを母とする嫡出でない子として出生し,昭和23年3月4日,Eと婚姻し,同月○日,同人との間に長女Lをもうけたが,昭和28年○月○日に夫Eが死亡し,平成6年○月○日には長女Lも死亡した。
 Cは,平成25年○月○日に死亡した。
 (以上につき,甲3の1~5)
 Cには,父を異にする兄(DとM間の子であるN及びO)とNの子ら(Cにとっては甥。以下,同人らを単に「甥」という。)が存する(甲2,丙1,弁論の全趣旨)。

イ Yは,昭和26年○月○日,H(上記Eの兄)とP間の子として生まれ,昭和58年8月17日に補助参加人と婚姻し,原判決後の平成29年○月○日に死亡した(甲2,4,丙1,弁論の全趣旨)。

ウ 控訴人は,平成4年12月10日にIと婚姻した。妻Iは,Yの姉であり,Cと親族関係にあるが(3親等の姻族),控訴人とCには親族関係はない。
 (以上につき,甲2,5,丙1,弁論の全趣旨)

(2) 養子縁組の届出
 C(本籍:〈省略〉,大正13年○月○日生まれ,平成25年○月○日死亡)を養親とし,Y(本籍:〈省略〉,昭和26年○月○日生まれ,平成29年○月○日死亡)を養子とする養子縁組(以下「本件養子縁組」という。)は,平成22年10月22日にa町長に対して届出がされた(甲3の4)。

(3) 養子縁組届の概要
 本件養子縁組に係る届出書(以下「本件養子縁組届」という。)には,「養子になる人」欄に「G」と表示され,同人名義の署名押印があり,「養親になる人」欄に「F」と表示され,同人名義の署名押印がある。
 なお,本件養子縁組届の証人欄には,控訴人名義の署名押印がある。
 (以上につき,甲1)

(4) F名義の遺言の存在
 F名義の平成22年7月11日付けの自筆証書遺言(以下「本件遺言」という。)が存在し,同遺言書は,平成27年7月3日に徳島家庭裁判所において検認された。
 本件遺言は,Cの全財産を控訴人に相続させるとの内容になっている。
 (以上につき,甲2,弁論の全趣旨)

(5) 遺留分減殺請求訴訟の存在
 Yは,平成28年1月21日,徳島地方裁判所に,控訴人及びその妻を被告として,遺留分減殺請求訴訟(同裁判所平成28年(ワ)第23号)を提起した(弁論の全趣旨)。

3 争点
(1) 控訴人は,本件養子縁組無効確認訴訟につき,訴えの利益があるか(争点(1))
(2) 本件養子縁組が縁組意思を欠き(民法802条1号)無効であるか(争点(2))

4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)について

〔控訴人〕
ア 控訴人はCの包括受遺者であるから,本件養子縁組が有効であるか無効であるかによって,包括受遺者としての受遺分の範囲に直接影響を受ける。また,包括受遺者は,遺言の内容を実現するために,遺言者の相続人と共同して手続を行い,債務の履行に当たる必要があるほか,他の相続人との間で,本件遺言と異なる遺産分割協議を行うこともできる。

 誰が相続人であるかは,包括受遺者にとって強い利害関係があり,法定相続人が自己の相続分に影響があるとして他の養子たる相続人に対して養子縁組無効確認を求めることと状況は異ならない。

イ 本件訴訟により本件養子縁組が無効であることを確定しておかなければ,補助参加人等が,本件遺言につき無効確認請求等をして紛争を蒸し返すことも可能になる。

ウ したがって,控訴人に本件訴訟の訴えの利益を認めるべきである。
〔被控訴人及び補助参加人〕
 控訴人は,本件請求が認容されても,遺留分減殺請求により財産を失うことがないという財産上の権利義務に影響を受ける者に過ぎないから,本件訴えには訴えの利益がない。
 民法990条は,包括受遺者が相続人と同一の権利義務を有すると規定するが,完全に相続人と同じ地位を認めたものではなく(例えば,包括受遺者には代襲相続権も遺留分もないとされている。),専ら財産関係における権利義務を規定するものと解され,訴えの利益を基礎づけるものではない。

(2) 争点(2)について
〔控訴人〕
Yは,本件養子縁組届に署名押印しなかった。
また,Cは,専らその遺産を甥に相続させないための方便として本件養子縁組をしたものであって,Yとの縁組意思を有していなかった。
したがって,本件養子縁組は,当事者の縁組意思及び届出意思を欠き,無効である。

〔被控訴人及び補助参加人〕
控訴人の主張事実は否認し,主張は争う。
Yは,Cの面倒を見るつもりで本件養子縁組届に署名押印したし,CもYや補助参加人の世話を受け容れていたから,縁組意思及び届出意思はあった。
仮にCがその遺産を甥に相続させたくないと考えて本件養子縁組をしたとしても,成人間の養子縁組であって,その効力は左右されない。

第3 当裁判所の判断
1 控訴人は,本件養子縁組無効確認訴訟につき,訴えの利益があるか(争点(1))について
(1) 訴えの利益の有無について

ア 養子縁組無効確認の訴えは,縁組当事者以外の者もこれを提起することができるが、当該養子縁組が無効であることにより自己の身分関係に関する地位に直接影響を受けることのない者は,訴えの利益を有しないと解される(最高裁判所昭和63年3月1日第三小法廷判決・民集42巻3号157頁参照)。
 そして,ここでいう自己の身分関係とは,可能的なものを含め,身分に関する実体法規に定める地位(相続,扶養,婚姻制限)又はこれに関する権利の行使若しくは義務の履行に影響を受けることをいうものと解される。


イ これを本件について検討する。
(ア) 前記前提事実(1)記載のとおり,控訴人は,本件養子縁組上の養親であるCとは親族関係にはないが,本件養子縁組上の養子であるYとは親族関係(2親等の姻族)にある。

(イ) 前記前提事実(1)(4)記載のとおり,Cは,控訴人に全財産を包括遺贈する旨の本件遺言をし,同遺言は,平成25年○月○日のCの死亡により効力が生じ(民法985条1項),控訴人は,これにより相続人と同一の権利義務を有する地位を取得した(同法990条)。

(ウ) そうすると,控訴人は,本件養子縁組によりCの嫡出子たる身分を取得したYから遺留分減殺請求を受ける地位にあり(現に,前記前提事実(5)記載のとおり,同人は,遺留分減殺請求権を行使してその旨の訴訟を提起し,その地位は補助参加人が承継している。),同請求を受けた場合には,自己の財産上(相続)の権利義務に影響を受けることは明らかである。また,本件においては全部包括遺贈であるから直ちに問題となるわけではないが,一部包括遺贈の場合で他に相続人があるときには,遺産分割の当事者となるべき地位を有することになる。
 以上によれば,Cの包括受遺者という地位は,本件養子縁組の養親であるCの相続に関する法的地位であるといえるから,前記アにいう自己の身分関係に関する地位に直接影響を受ける者に当たるというべきである。


ウ そうすると,本件において,控訴人は,本件養子縁組無効確認訴訟につき,訴えの利益を有すると解するのが相当である。

(2) 被控訴人及び補助参加人の主張について
 被控訴人及び補助参加人は,包括受遺者は,相続人と同一の地位を有するものではなく,単に経済的な地位を有するに過ぎないから,前記(1)アの自己の身分関係に関する地位を基礎づけるものには当たらないと主張する。

 しかしながら,前記(1)アで判示したとおり,ここでいう自己の身分関係とは,可能的なものを含め,身分に関する実体法規に定める地位(相続,扶養,婚姻制限)又はこれに関する権利の行使若しくは義務の履行に影響を受けることをいうのであって,包括受遺者の地位は,相続という身分上の規律に関する地位であるというべきである。被控訴人及び補助参加人の上記主張は採用することができない。

2 結論
 以上によれば,控訴人は本件訴訟の訴えの利益を有するところ,これを欠くとして本件訴えを却下した原判決は取消しを免れない。
 そして,本件養子縁組の有効無効につき更に審理する必要があることから,民訴法307条に基づき,本件を第1審裁判所である徳島家庭裁判所に差し戻すこととする。
 よって,主文のとおり判決する。
 高松高等裁判所第2部(裁判長裁判官 神山隆一 裁判官 松阿彌隆 裁判官 横地大輔)