小松法律事務所

詐欺による認知取消を民法第785条に基づき否認した地裁判決紹介


○付き合っていた女性が産んだ子を、父として認知した男性からその取消乃至無効の主張ができないか相談を受けており、認知の取消・無効確認の法的手続に関する裁判例を集めています。大変古い判例ですが、先ず以下の認知取消禁止に関する昭和26年1月31日金沢地裁判決(下級裁判所民事裁判例集2巻1号105頁)全文を紹介します。参考条文は以下の通りです。
第785条(認知の取消しの禁止)
 認知をした父又は母は、その認知を取り消すことができない。
第786条(認知に対する反対の事実の主張)
 子その他の利害関係人は、認知に対して反対の事実を主張することができる。


○原告は、被告Aについての認知の意思表示を、民法第785条は瑕疵ある意思表示には適用されないとして、被告B等の詐欺により錯誤に陥つて原告のなした認知の意思表示は民法第96条により取消しうべきと主張しました。しかし、判決は、認知した原告の父母兄弟等の近親者は、利害関係人として認知に反対の事実、すなわち被告Bが原告の子でないことを主張しその旨の確認を求めうることは、民法786条の規定により明らかなところであるが、認知をした父たる原告は同条にいわゆる利害関係人に該当しないことは、同法785条の規定の趣旨に徴して疑ないとして、原告の請求を棄却しました。

○認知した原告が786条の利害関係人に該当するかどうかは、肯定・否定両説がありましたが、平成26年1月14日最高裁判決(裁時1595号1頁)で該当するとして決着したことは、「認知者も認知無効の主張ができるとした最高裁判決紹介」記載の通りです。

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主   文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。

事   実
 原告訴訟代理人は被告Aが原告の子でないことを確定する。訴訟費用は被告等の負担とするとの判決を求め、その請求原因として、原告は昭和22年8月頃友人の紹介で始めて被告Bを識り、爾来時折同被告と一緒にダンスホール等に出入しているうちに昭和23年5月上旬(7日か8日)頃始めて同被告と肉体関係をした。

ところが同年10月20日同被告は原告の子を懐妊して既に6ケ月目の身重である旨原告に訴えたので、原告はこれを聞いて強い衝撃を受け原告の両親にもその終始顛末を打明けて収拾策を相談したところ、原告の両親において真相を調査した上で適当な措置を講ずることとして被告Bに種々問い訊したところ、同被告は従来男性の友人2、3名あつたが肉体関係をしたのは原告だけで、他に絶対ない旨断言したので、原告としては同被告の言をそのまゝ信用することもできなかつたが、一応その場を繕うために同年11月3日結婚式を挙げて同被告と婚姻の予約を為し、爾来原告宅で同棲した。

ところが同被告は同棲後十数日にすぎない同月22日発育良好な被告Aを分娩したので原告等は事の意外に驚き、同被告の従来の素行につき種々調査したがその素行上の疑惑を氷解するに至らなかつた。すなわち原告は被告Aが原告の自己の子でないと信じたので同年11月28日被告Bを被告Aと共にその実家に引き取らせた上、翌29日被告Bの母訴外井口静子の来訪を求め、被告Aは原告の子でない旨を伝えた。

そこで被告B等は翌30日金沢市C病院で被告Aの診断を求めたが同病院長は左様な診断は官立病院で受けるよう勧め、単に体重だけを看護婦に計らせ725匁なる旨を告げて診断をしなかつたのに拘らず、被告B及びその父訴外Dは同日原告方に来訪し、原告等に対しC病院で診断を受けたところ、同病院長外2名の医員が被告Aの頭髪、爪等を綿密に検査し、且つ体重を計つた上体重は725匁であるが、診断の結果右Aが何ケ月の子であるかは解剖でもしなければ判らないが、10ケ月の児ではなく、月足らずの児であることは絶対に間違いない。

なお確実なことを知りたければ官立病院に行くように申した旨、殊に同病院長は10ケ月児であるなどと判らんことを言う産婆は誰であるかと鋭く難詰して、その名を尋ねたので、告げて来たと顛未の詳細をまことしやかに訴え、被告Aが原告の子であることを強調してやまないので原告は被告Aが月足らずで生れた原告の子であると誤信し、同年12月2日被告Bとの婚姻届をすると共に被告Aを原告の子として届出たものである。

しかし被告Bが昭和23年5月上旬最初に原告と肉体関係をした際直ちに受胎したとしても同日より被告A出生までに200日も経過していないのに被告Aは意外の成熟児として生れたこと及びその後の調査によれば被告Bは女学校在学当時から不良学生仲間の一人で素行上とかく芳しからぬ方であつて、爾来数名の男性と情交関係を継続していたものであること等の点からみて、被告Aは原告の子では絶対にないのである。

しかるに原告は被告B及びその父訴外Dの虚言により被告Aを原告の子であると誤信したため、これを認知したものであつて、すなわち右認知は被告B等の詐欺によりなされたものであるから本訴においてこれを取消す、従つて右認知は効力を失つたものである。よつて原告はここに被告Aが原告の子でないことの確認を求めるために本訴に及んだと陳述し、なお被告の抗弁に対し民法第785条の規定は瑕疵ある意思表示には適用されないものである。従つて被告等の詐欺により錯誤に陥つて原告のなした認知は民法第96条により取消しうべきものであると陳述した。(立証省略)

 被告等訴訟代理人は本案前の抗弁として原告の請求を却下する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、その理由として原告は被告Aが昭和23年11月22日出生したのに対し、同年12月2日その出生届をしたものであるから、民法第776条によりその否認権を喪失したものである。従つて本訴請求は不適法として却下せらるべきものであると述べ、次いで本案について主文第1、2項同旨の判決を求め、答弁として原告主張事実中、原告と被告Bは結婚式を挙げる以前より肉体的関係があつたところ右両名は原告主張の頃結婚式を挙げ,爾来原告方で同棲し、同月22日被告Bが被告Aを分娩したこと及び同年12月2日原告と被告Bとが婚姻届をして正式に夫婦となると共に原告は被告Aを自己の子として出生届をしたことは認めるがその余の主張事実は全部これを争う。

すなわち被告Bは昭和22年春頃金沢市文化ホールの舞踏場で始めて原告に会い、その後原告と共に各所の舞踏場に出入したが一時交際中絶していた。その後昭和23年4月15、6日頃金沢市内木谷写真館の舞踏場で原告に再会したところその4、5日後の同月20日頃の午後7時半頃原告が被告Bの実家に来訪して同被告を散歩に誘い出し、同市内犀川上流菊橋附近堤防において執拗に情交を迫つたので被告Bはやむなくこれに応じ、爾来原告は連日朝晩2回被告Bを訪問し、屡々情交を重ねたため、同年4月中被告Bは受胎したので同年11月原告と結婚式を挙げて原告方に同棲するうち、同月22日被告Aを数え月8ケ月の早生児として分娩したものであつて、当時被告Aが比較的栄養良好であつたため、原告は被告Aが自己の子であるかどうかを疑つていたがその真相判明し、自己の子であることを了解したので前記婚姻届並びに出生届を了したものである。

なお被告Bは女学校在学中不良学生仲間の1人であつたことはないし又原告と交際する以前に数名の男性と肉体関係をしていた事実もない。尤も訴外Eとは昭和22年9月2日と同年11月との2回肉体関係したことはあるが、そのことは既に原告に話してあり、右の外は原告と関係したのみである。

又C病院で被告Aの診断を受けその結果被告Aの体重が普通なること、そして診断の結果だけでは10ケ月児か8ケ月児か断定できないと云う医師の言を原告に伝えたことはあるが原告主張のような言を弄して原告を欺罔したことはない。要するに被告Aは原告の子であり、仮に原告の子でないとしても原告の取消の意思表示は民法第785条に牴触するから取消の意思表示はできないものである。よつて原告の本訴請求は失当であると陳述した。(立証省略)

理   由
 先づ被告等訴訟代理人の本案前の抗弁について案ずるに訴が本案判決をするについて前提として必要な要件を具備していること、すなわち当事者が当事者能力、訴訟能力を有していること、適法に代理されていること、訴状が法定の内容を有すること或は裁判所に既に繋属中の事件について更に訴提起したものでないこと、日本の裁判所の裁判権に服するものであること等訴訟法上の要件を具備することを要し、これらの要件を欠くときは不適法な訴として請求を却下すべきであるが、叙上の訴訟法上の要件を具備する以上は請求を却下すべきでなく、必ず本案につき審理判断すべきは当然のことに属する。以上の説明により被告等訴訟代理人の右抗弁はその理由がないことはその主張自体に徴して明白である。よつて該抗弁は到底これを採用できない。

次に本案について判断するに、当裁判所が真正に成立したと認める甲第1号証に証人F、同G、同H、同E、同I、同J、同Kの各証言並びに原告本人、被告B本人の各尋問の結果の一部、鑑定人Lの鑑定の結果を綜合して考察すると、被告Bが女学校在学中不良学生仲間の1人であつたこと同被告が原告及び訴外E以外の多数の男性と情交があつたこと及び原告が被告Aを認知したのは被告Bの欺罔行為により原告が錯誤に陥り被告Aを自己の子であると誤信した結果であるとの点を除き爾余の原告主張事実は全部これを認めることができるところであつて、証人M、同Dの証言及び被告B本人尋問の結果等の中右認定に反する部分はいずれも当裁判所のにわかに措信しないところであり、又乙第1号証も証人Nの証言に徴し右認定を左右する証左とならない。そうして他に右認定を覆すに足る何等の証拠もない。

すなわち原告は昭和23年12月2日被告Aを自己の子として認知したが、被告Aは原告の子でないこと洵に明白である。しかしながら、詐欺による意思表示は民法第785条の規定に拘らず民法第96条により取消し得べきものと解するを相当とするが、原告のなした前記認知は原告が被告B等の詐欺により錯誤に陥り、被告Aを自己の子であると誤信したためなされたものであるとの原告主張事実については前顕証人F、同Gの証言中右主張に符合するが如き供述部分は後述の如き原告本人尋問の結果に徴し、これを措信しがたく、他に該主張事実を認めるに足る何等の証拠もない。

却つて原告本人尋問の結果によれば、被告B及びその父訴外Dが昭和23年11月30日原告宅に来訪して原告主張の如き虚構の事実を申述べて被告Aが原告の子に相違ない旨強調したけれども、原告はこれを信用せず、依然として被告Aが自己の子たることに多大の疑惑をいだきつゝ敢えてこれを自己の子として出生届をしたもので、何等錯誤により自己の子であると誤信したために認知するに至つたものでないことが認められる。従つて原告の認知取消の意思表示はその効力なく、右取消を前提とする本訴請求は理由がない。

尤も認知された子たる被告A又は認知した原告の父母兄弟等の近親者は、利害関係人として認知に反対の事実、すなわち被告Aが原告の子でないことを主張しその旨の確認を求めうることは、民法第786条の規定により明らかなところであるが、認知をした父たる原告は同条にいわゆる利害関係人に該当しないことは、同法第785条の規定の趣旨に徴して疑ないところである。

従つて、原告の請求が、認知が真実に反することのみを理由として民法第786条により被告Aが原告の子でないことの確認する趣旨であるとしても、認知者たる原告自らがその旨の確認を求めることは失当である。よつて原告の本訴請求を失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 米光哲)