成年後見開始申立を却下した原審判を取り消し差し戻した高裁決定紹介
○原審決定について、事案からは明らかに長男の非協力は、長男の我が儘と思われると記載していましたが、高裁決定は「長男は、自ら、本人が自身で法律行為や財産管理をする判断能力がないと思う旨の意見を述べているにもかかわらず、上記手続に協力しないことからすれば、本人の精神上の障害の程度は、後見開始の審判をすることが相当な状態にあるが、同審判がされて成年後見人が選任される可能性が高く、その場合には、当該成年後見人から、抗告人が主張するような財産管理上の問題点を追及されることを恐れて非協力を続けている可能性も相応にある」として、「長男に対して改めて手続への協力を求めた上で、後見開始の原因の有無や、鑑定及び本人の陳述聴取の要否を審理判断すべき」として、原審判を取り消し、本件を原審に差し戻すのが相当としました。極めて妥当な判断です。
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主 文
1 原審判を取り消す。
2 本件を横浜家庭裁判所に差し戻す。
理 由
第1 事案の概要
1 本件は、本人(昭和7年○月○日生)の長女である抗告人が、本人について後見開始の申立てをしたところ、原審判が同申立てを却下したため、抗告人がこれを不服として即時抗告をした事案である。
2 抗告の趣旨及び理由は、別紙即時抗告申立書(添付資料を除く。)に記載のとおりである。
第2 当裁判所の判断
1 当裁判所は、原審判を取り消し、本件を横浜家庭裁判所に差し戻すのが相当であると判断する。その理由は、次のとおりである。
2 一件記録によれば、次の事実が認められる。
(1) 本人は、昭和30年12月6日、A(以下「亡A」という。)と婚姻し、昭和31年○月○日に長女である抗告人を、昭和34年○月○日に長男であるB(以下「長男」という。)をもうけた。
(2) 本人は、平成27年2月、亡Aと共に、●●●の自宅から、住民票上の住所に転居し、長男夫婦と同居するようになった。
本人は、平成22年に認知症の診断を受けていたが、その後、認知機能障害が進行し、平成29年6月頃には、医師の診察時に社会性のある会話は成立せず、簡単な意思疎通も困難な状態であり、長谷川式簡易知能評価スケールによる検査の結果は、検査そのものを理解できず、30点中1点にとどまった。
本人は、令和2年8月12日、介護保険の要介護度5の認定を受け、同年9月から、月のうちほとんどをショートステイ先である特別養護老人ホームbで過ごし、月に1、2回自宅に戻るという生活を送っている。上記要介護度の認定に当たり、本人の主治医は、本人について(短期記憶)問題あり、(日常の意思決定を行うための認知能力)判断できない、(自分の意思の伝達能力)伝えられない、(認知症の周辺症状)不潔行為あり、症状は安定しているなどと診断し、認知症高齢者の日常生活自立度をⅣ(日常生活に支障を来すような症状・行動や意志疎通の困難さが頻繁に見られ、常に介護を必要とする)と評価した。
また、a市の認定調査員は、本人の認知機能や社会生活への適応に関し、(意思の伝達)ほとんど不可、(毎日の日課を理解)できない、(生年月日をいう)できない、(短期記憶)できない、(自分の名前をいう)できない、(今の季節を理解)できない、(場所の理解)できない、(薬の内服)全介助、(金銭の管理)全介助、(日常の意思決定)できないと評価し、認知症高齢者の日常生活自立度をⅣと評価した。
本人の要介護度の認定内容は、上記時点から現在まで変更がなく、本人の財産は、長男が管理している。
(3) 抗告人は、令和3年12月21日、横浜家庭裁判所に対し、同年○月○日に死亡した亡Aの遺産分割の必要が生じたことなどを理由に、本人について後見開始の申立てをした。抗告人は、同申立てにおいて、長男が亡Aをだまして遺言書を作成させたり、預金を無断で引き出したりしていること、上記遺産分割のために成年後見が必要であるだけでなく、長男が金銭に汚いため、本人の預金を弁護士である成年後見人に管理してほしいことを主張し、本人の認知機能については、日によって変動することは「ない」、日常的な行為に関する意思の伝達は「できない」と記載し、本人に対する事情聴取等における留意点として「意思疎通できず会話まったくできません(認知症)」と記載した。
(4) 横浜家庭裁判所の家庭裁判所調査官(以下「調査官」という。)は、長男に対し親族照会書を送付したところ、長男は、令和4年1月26日付けで回答書を提出し、本人の現在の状態について「自身で法律行為や財産管理をする判断能力はないと思う。」と回答した上で、本人は余命幾ばくもないと思っているので、こういう事(注;成年後見の手続と思われる。)を行ってもどうかと思う旨を記載し、「本人の診断書の提出にも鑑定にも協力できない。」と回答し、専門職後見人の選任に反対である旨を記載した。
調査官は、長男の詳細な意向を把握するため電話連絡を試みたが不通であったため、令和4年2月25日に調査期日を設定し、長男に出頭を要請したが、長男は出頭しなかった。調査官は、本人が利用中の特別養護老人ホームに電話連絡をしたが、同施設の責任者は、本人に対する鑑定や調査官による本人調査については、契約者である長男の同意がなければ実施を認めることはできないとし、同施設から長男の意向を確認したものの、長男が同意をしなかったため、施設として協力することができない旨を回答した。
3 以上の事実によれば、本人については、平成22年に認知症の診断を受けた後、認知機能障害が進行し、平成29年6月頃の時点で、既に意思疎通が困難な状態であり、長谷川式簡易知能評価スケールによる検査結果も30点中1点にとどまったこと、令和2年8月の時点では、認知症の進行により記憶力、見当識、理解・判断力のいずれも高度に障害された状態で、意思の伝達もほとんどできない状態であったこと、現在に至るまで、本人について上記の状態の変化をうかがわせる事情はないことが認められる。
したがって、本人については、精神上の障害により事理を弁識する能力を欠くという後見開始の原因が存在する可能性が高いが、本人が利用する介護サービスの契約者であり、本人の財産を管理し抗告人からその財産管理に問題がある旨を主張されている長男が協力しないことにより、後見開始の審判をするために必要な本人の精神の状況の鑑定(家事事件手続法119条1項)や本人の陳述聴取(同法120条1項1号)ができない状況にある。
長男は、自ら、本人が自身で法律行為や財産管理をする判断能力がないと思う旨の意見を述べているにもかかわらず、上記手続に協力しないことからすれば、本人の精神上の障害の程度は、後見開始の審判をすることが相当な状態にあるが、同審判がされて成年後見人が選任される可能性が高く、その場合には、当該成年後見人から、抗告人が主張するような財産管理上の問題点を追及されることを恐れて非協力を続けている可能性も相応にあるといわざるを得ない。
4 したがって、現時点の資料によっては、本人について、後見開始の原因があるとまで断定することはできず、後見開始の審判をするに当たり明らかに鑑定の必要がない場合(家事事件手続法119条1項ただし書)や、本人の心身の障害によりその陳述を聴くことができない場合(同法120条ただし書)に当たるとまで断ずることもできないから、本件については、長男に対して改めて手続への協力を求めた上で、後見開始の原因の有無や、鑑定及び本人の陳述聴取の要否を審理判断すべきである。その結果、後見開始の審判をすることが相当である場合には、更に成年後見人選任の手続を尽くす必要がある。これらの手続は、家庭裁判所において行うことが相当であるから、所要の審理を尽くさせるため、原審判を取り消し、本件を原審に差し戻すのが相当である。
もっとも、裁判所が、改めて長男に対して手続への協力を求めたにもかかわらず、長男がこれに協力しない対応を続ける場合には、そのような事情をも手続の全趣旨として斟酌し、前記の事情が認められる場合においては、本人について後見開始の原因を認定するとともに、明らかに鑑定の必要がなく、本人の心身の障害によりその陳述を聴くことができない場合に当たると認定することも許されるというべきである。
第3 結論
よって、原審判を取り消し、後見開始及び成年後見人選任の審判手続を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。
東京高等裁判所第11民事部 (裁判長裁判官 大竹昭彦 裁判官 原克也 裁判官 土屋毅)