小松法律事務所

賃貸建物敷金返還債務は建物相続承継者が承継するとした高裁判決紹介


○「賃貸建物敷金返還債務は建物相続承継者が承継するとした地裁判決紹介」の続きで、その控訴審令和元年12月26日大阪高裁判決(判タ1474号10頁、判時2460号71頁)全文を紹介します。

○事案は、建物の賃借人であった原告会社が、敷金3000万円について、賃貸人であった被相続人Aの長女で相続人の一人である被告に対し、法定相続分4分の1相当額750万円を返還債務を当然に相続した、又は、Aの相続人らの間で、法定相続分割合に応じて債務を承継する旨合意したと主張して、被告に対し、敷金返還請求権に基づき、相続分金員750万円の支払を求め、原審で本件債務については、賃貸人であるBが承継すべきこととなり、被告が当然に敷金返還債務を法定相続分に応じて承継した旨の原告の主張には理由がないと棄却されたものです。

○控訴審でも、敷金は,賃貸人が賃貸借契約に基づき賃借人に対して取得する債権を担保するものであるから,敷金に関する法律関係は賃貸借契約と密接に関係し,賃貸借契約に随伴すべきものと解されることに加え,賃借人が旧賃貸人から敷金の返還を受けた上で新賃貸人に改めて敷金を差入れる労と,旧賃貸人の無資力の危険から賃借人を保護すべき必要性とに鑑みれば,賃貸人たる地位に承継があった場合には,敷金に関する法律関係は新賃貸人に当然に承継されるものと解すべきとして控訴は棄却されました。

○当然の判決と思われますが、控訴人(賃借人)は、賃貸借契約を合意解除し、本件建物を明け渡し済みであり、普通は賃貸建物を相続してその所有者(賃貸人)となったBに3000万円全額を請求するはずなのに、Bには請求しないで、賃貸建物を相続していないAに対してのみ750万円を請求した理由が不明です。

********************************************

主   文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨

1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,750万円及びこれに対する平成30年4月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
1 本件は,大阪市所在の建物(以下「本件建物」という。)の賃借人であった控訴人が,賃貸人であったB’ことB(以下「B」という。)に敷金として3000万円を差し入れていたところ,Bの死亡に伴いBの相続人らは法定相続分に応じて法律上当然に分割された敷金返還債務を承継した,仮にそうでないとしても,Bの相続人らの間で法定相続分に応じて分割された敷金返還債務を承継する旨の合意が成立したと主張して,Bの相続人の1人である被控訴人に対し,敷金返還請求権に基づき,その法定相続分に応じた750万円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成30年4月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
 原審は,控訴人の請求を棄却したため,控訴人がこれを不服として控訴した。

2 前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,次のとおり補正し,後記3のとおり当審における控訴人の補充主張を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の1及び2(原判決2頁1行目~5頁12行目)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決2頁21行目の「13」を「14」に改める。
(2)同2頁26行目の「甲10の2・3」の次に「,甲11の1・2・6」を加える。
(3)同3頁5行目の「Bの公正証書遺言には」から8行目末尾までを「本件建物に係るBの持分権はAが相続した。(甲9)」に改める。
(4)同3頁10行目の「被告及びAを含めた各相続人ら」を「相続人ら」に改める。
(5)同3頁11行目の「提出した」を「提出し,平成29年7月13日,相続税修正申告書を提出した」に改める。
(6)同3頁16行目の「(甲6の1・2,乙6)。」を「。(甲6の1・2,乙6,原審証人D(以下「証人D」という。))」に改める。
(7)同3頁23行目の「弁論の全趣旨」を「甲9,19の3,甲20,弁論の全趣旨」に改める。
(8)同3頁25行目の「Bの原告に対する敷金返還債務」の次に「(以下「本件債務」という。)」を加える。
(9)同4頁17行目の「A及び被告を含めた相続人間」を「相続人らの間」に改める。
(10)同5頁11行目の「相続人間」を「相続人らの間」に改める。

3 当審における控訴人の補充主張
 賃貸物件を売買等により特定承継した場合に敷金返還債務が当然に承継されることと,相続による包括承継の場合とを同視することは相当でない。相続による包括承継の場合は,金銭債務その他の可分債務を当然分割とすることで,恣意的に無資力者に金銭債務全額が承継されるのを防止し,相続債権者を保護しているのであって,本件債務も金銭債務であることに変わりがない。
 そうでないとしても,被控訴人以外の相続人らは,本件債務について,既に各人の法定相続分相当額を支払っており,相続人らの間で本件債務を法定相続分に従って分割承継する合意が成立したことは明らかである。

第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も,原審と同じく,控訴人の請求は理由がないと判断する。その理由は,次のとおり補正し,後記2のとおり当審における控訴人の補充主張に対する判断を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」の「第3 争点に対する判断」の1ないし3(原判決5頁14行目~8頁20行目)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決6頁21行目から22行目にかけての「乙23,24」を「甲6の1,乙23」に改める。
(2)同8頁10行目冒頭に「前記1(5)の認定事実及び証拠(乙16,19,20)によれば,」を加える。
(3)同8頁11行目の「いたこと」の次に「が認められ」を加える。
(4)同8頁12行目から13行目にかけての「被告が本件記載のある相続税申告書を作成したこと」を「被控訴人が相続税申告書に本件記載がされることに異議を述べなかったこと」に改める。

2 当審における控訴人の補充主張に対する判断
(1)敷金は,賃貸人が賃貸借契約に基づき賃借人に対して取得する債権を担保するものであるから,敷金に関する法律関係は賃貸借契約と密接に関係し,賃貸借契約に随伴すべきものと解されることに加え,賃借人が旧賃貸人から敷金の返還を受けた上で新賃貸人に改めて敷金を差入れる労と,旧賃貸人の無資力の危険から賃借人を保護すべき必要性とに鑑みれば,賃貸人たる地位に承継があった場合には,敷金に関する法律関係は新賃貸人に当然に承継されるものと解すべきである。

そして,上記のような敷金の担保としての性質や賃借人保護の必要性は,賃貸人たる地位の承継が,賃貸物件の売買等による特定承継の場合と,相続による包括承継の場合とで何ら変わるものではないから,賃貸借契約と敷金に関する法律関係に係る上記の法理は,包括承継の場合にも当然に妥当するものというべきである。


 控訴人は,相続の際に敷金返還債務も他の金銭債務と同様に当然分割とすることで,無資力者に債務全額が承継されるなどの危険から賃借人は保護される旨主張するが,賃借人にとって賃貸人の相続人を探索することの労は看過できない上,新たな賃貸人には敷金返還債務の引当てとなる賃貸物件があるのに対し,賃貸人以外の相続人の資力は賃借人にとって不明であり,賃貸人以外の相続人の無資力の危険を賃借人に負わせることになる点でも、控訴人の上記主張は採用できない。

(2)原判決を引用して認定・説示したとおり,平成27年1月23日に相続人らの代理人らが集まった際,本件債務について承継割合を含めた具体的協議がされたとは認められず,相続人らから本件記載のある相続税申告書に異議が述べられなかったことをもって,本件債務を法定相続分に従って分割承継するとの合意が成立したと認めることはできない。 

 被控訴人以外の相続人らが本件債務について各人の法定相続分相当額を支払った事実があるとしても,その経緯や理由は明らかでない上,たとえ被控訴人以外の相続人らが控訴人との間で本件債務を法定相続分に従って承継・負担する旨約したからといって,被控訴人にその効果が及ぶものでないことは多言を要しない。

第4 結論
 以上によれば,控訴人の請求は理由がないから棄却すべきものであるところ,これと同旨の原判決は相当である。
 よって,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石井寛明 裁判官 和久田斉 裁判官 上田賀代)