小松法律事務所

遺留分放棄許可審判取消申立却下審判への即時抗告却下裁決定紹介


○「遺留分放棄許可審判の取消申立を却下した高裁決定紹介」の続きで、遺留分放棄許可審判の取消申立てを却下した原審判に対する即時抗告を不適法却下した昭和56年8月10日仙台高裁決定(判タ447号136頁)全文を紹介します。

○仙台高裁決定は、遺留分放棄許可の審判がなされた後、この許可を相当とした前提事実が変更し、その審判を存続させておくことが不適当な場合には、相続開始後であつても、家庭裁判所は、非訟事件手続法19条1項により職権をもつてこの審判を取消すことができるとしていますが、この規定は、裁判所が、そのなした裁判を不当と認めるとき、自らこれを取消し又は変更するについての規定で、事件の関係人にその取消又は変更の申立権を認めたものではないとしました。

○また、遺留分放棄許可の判断基準として、相続開始前の遺留分放棄につき家庭裁判所の許可を必要としたのは、被相続人が遺留分権利者に放棄を強要したり、その他相続法の理念に反するような手段に利用されることを防ぐためであり、遺留分権利者の放棄の意思を確認するだけでなく、放棄が合理的かつ相当なものかどうか、諸般の事情を慎重に考慮検討して許否の判断するとしています。

○放棄の合理性についての事情変更が生じた本件では、遺留分放棄許可は取り消されて然るべきと思われますが、取消申立は原審判で却下され、これを是正する手続はないとするのも、結論としては不合理な感がします。

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主   文
 本件抗告を却下する。

理   由
 本件抗告の趣旨は、「原審判を取消す。福島家庭裁判所相馬支部昭和50年(家)第85号遺留分放棄許可申立事件について、同裁判所が同年3月27日になした許可の審判を取消す。」との決定を求めるというものであり、その理由とするところは末尾添付の「即時抗告の理由書」記載のとおりである。

 よつて審按するに、原審判の理由欄に摘記されたところによれば、原審判の申立人である抗告人の申立の理由は次のとおりである。
1 被相続人A、同人妻Bの間には、抗告人及びC、D、Eの4人の子がいたが、昭和49年11月3日Bが死亡し、被相続人の老後の面倒を誰がみるかで相続人間で協議が行われ、その結果、当時横浜に住んでいたEがその夫と共に伊勢原市の被相続人の住所に移り、被相続人が死亡するまで、その面倒をみることとなつた。

2 そして、E以外の相続人である抗告人及びC、Dは遺留分を放棄することとし、当時、福島県原町市に居住していた抗告人は福島家庭裁判所相馬支部に遺留分放棄許可の申立(同庁昭和50年(家)第85号)をなし、同年3月27日許可の審判がなされ、被相続人は昭和50年6月19日「その所有する全財産をEに相続させる」旨の公正証書遺言をした。

3 E夫婦は昭和50年4月伊勢原市の被相続人方に移り被相続人と同居するようになつたが、同居生活は結局破綻し、昭和51年8月、E夫婦は被相続人方を出て横須賀市に転居した。

4 そこで再度、相続人らの間で協議した結果、抗告人夫婦が被相続人と同居して面倒をみることになり、昭和51年8月、抗告人は当時居住していた秦野市戸川の土地建物を売却処分して被相続人方に転居した。

5 昭和53年3月27日被相続人は死亡し、相続財産として伊勢原市○○×××番の宅地及び建物(時価約5000万円)が残された。

6 抗告人が遺留分を放棄したのは、Eが被相続人の死亡に至るまで被相続人の同居してその面倒をみることを前提としていたのに、事情が変更し、遺留分を放棄する理由はなくなつたから、前記遺留分放棄許可審判の取消を求める。

 以上の申立の理由に対し、原審判は、事実の調査に基づき、おおむね申立の理由とする事実を認めることができるとしたうえ、「抗告人が相続開始前に本件遺留分放棄をするに至つた前提事実関係が変更したことは明らかで、本件遺留分放棄の許可は実情に適しなくなつたということができる。」としながら、「すでに相続が開始された現在において、本件遺留分放棄の取消を認めることは、徒らに権利関係に無用な混乱を生じさせる結果となるので、その取消を求めることは許されないものと解すべきである。」として抗告人の申立を却下したものである。

 遺留分権は遺留分権利者の個人的財産権であり、相続開始の前後を問わず、これを放棄することは、本来自由であるべきである。しかるに相続開始前の遺留分放棄につき家庭裁判所の許可を必要としたのは、被相続人が遺留分権利者に放棄を強要したり、その他相続法の理念に反するような手段に利用されることを防ぐためである。家庭裁判所は、遺留分権利者の放棄の意思を確認するだけでなく、放棄が合理的かつ相当なものかどうか、諸般の事情を慎重に考慮検討して許否の判断するのである。これに対し,相続開始後の遺留分放棄は遺留分権の不行使と等しく、家庭裁判所の許可を必要とする理由はない。

 相続開始前における遺留分放棄は、相続財産を相続人の一人に集中させたいとする被相続人の希望に答えることを基礎においており、均分相続の理想に矛盾するものであるから、遺留分放棄が許可されたのちにおいても、これが許可を相当とすべき前提事実が変更したときは、これを維持しておく理由はない。すでに相続が開始された場合でも、同じである。

 一般に、家事審判は家庭に関する諸事項を合目的的に処理することを内容とするから、客観的事態の推移によつてその審判を存続せしめておくのが不適当と認められるに至つた場合には、即時抗告をすることができるなど特別の規定がない審判については非訟事件手続法第19条1項の準用により、家庭裁判所はこれを取消または変更することができると解すべきであり、その時期については特にこれを制限する規定がないことに徴し、その必要が存する限り原則として何時でもこれをなしうるというべきである。

 しかして、前記申立の理由たる事実によれば、抗告人の遺留分放棄の許可につき、その前提となつた事情が相続開始前において変つているのであるから、右許可の審判は、他に特段の事情のないかぎり、これを存続させるべき理由はないと思われる。もとより遺言の効力発生後に抗告人の遺留分放棄が取消され遺留分権が行使された場合には、すでに生じた権利関係に影響するのは自明であるが、本件の場合は抗告人らの遺留分権が行使されれば、取戻された財産につき共同相続人間で遺産分割の協議をするか、その審判を受けなければならなくなるというだけのことである。また、遺留分減殺を受けるべき財産が他人に譲り渡された場合であつても、譲受人が譲渡の当時遺留分権利者に損害を加えることを知らなかつたときは、その者は減殺を受けることはないのであるから、第三者との関係で無用な混乱が生ずることは考えられない。

 しかしながら非訟事件手続法19条1項は、裁判所が、そのなした裁判を不当と認めるとき、自らこれを取消し又は変更するについての規定であり、事件の関係人にその取消又は変更の申立権を認めたものではないから、抗告人の本件申立も原裁判所に職権の発動を促す以上のものではなく、原審判が右申立を容れなかつた以上、抗告人としては再度同旨の申立をして職権の発動を促がすのはともかく、本件の如き「即時抗告」はもとより、非訟事件手続法20条に基づく抗告もなしえないというべきである。
 よつて、本件抗告は不適法であるからこれを却下することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 田中恒朗 裁判官 佐藤貞二 小林啓二)